身熱 北原白秋
母なりき、
われかき抱き、
朱欒(ザボン)ちる薄き陰影(かげ)より
のびあがり、泣きて透(す)かしつ、
『見よ、乳母の棺(ひつぎ)は往(ゆ)く。』と。
時に白日(ひる)、
大路(おほぢ)靑ずみ、
白き人列(つら)なし去んぬ。
刹那(せつな)、また、火なす身熱、
なべて世は日さへ爛(ただ)れき。
病むごとに、
母は歎きぬ。
『身熱に汝(な)は乳母焦がし、
また、阿子(あこ)よ、母を。』と。――今も
われ靑む。かかる恐怖(おそれ)に。
*
(昭和25(1950)年新潮文庫「北原白秋詩集」 「思ひ出」より)