推理:芥川龍之介の死出の旅路の浴衣の背中の紋様は、これではないか?
以前にお示しした芥川龍之介の自死の際に着していた自身の中国土産の遺愛の浴衣を今一度ご覧頂きたい。
次に、芥川龍之介の死後に岩波書店から昭和5(1930)年に刊行された芥川龍之介作品集「大導寺信輔の半生」の本体表装をご覧頂きたい(僕の所持する岩波の2001年の復刻本を使用)。
この絵は目録(目次)の裏に「小穴隆一畫」とある。ところが、先日、知人の指摘を受けて、この絵をよく見てみた。すると、この鹿の絵の周囲を廻っている紋様が、上に示した浴衣の前の合わせの部分を中心とした文様と一致することに気づく。そうしてこの絵を左に90度回転させると、
上部の二重になった紋様部分が、この浴衣の前の合わせの上部の紋様と完全に一致するのが分かる。但し、鹿の絵の多くの箇所や周囲の紋様の細部を見ると、有意な筆の擦れや紋様の断絶箇所が見られ、これは確かに『小穴が描いた絵である』ということもはっきり分かるのだ。
浴衣の前の合わせ部分は、その襟部分で絵が隠れているために判然としないが、向かって左部分(右胸部分)には象らしき獣が向かって右を頭にして四足を左(右袖方向)へ延ばしている(立っている)のが分かる。向かって右部分(左胸部分)には鳥が描かれており、これは二つの脚を浴衣の下の方に向けて揃えて、右胸のそれとは完全な対称として右(左袖方向)を地面として飛んでいるように見える。
対する、この表紙絵は向かって右を地面として角のある鹿が立っている。
則ち、この「大導寺信輔の半生」の本体の表装画は、あの自死の浴衣の裏、芥川龍之介の右背中部分に染め出されてあった衣紋意匠を、芥川の死後、遺品となったそれから、小穴が絵として写しとったものなのではなかろうか?!
……而して……僕の気持ちは遙かに翔ぶ……芥川龍之介の……その心臓の停止を……その重みと共に感じ取った左胸背部にあった動物は……何だったのだろう? と……識者の御教授を乞う――