富田木歩 悲傷句群――聖子テレジアへ捧げる
以下は、結核によって死にゆく愛妹まき子への思いを悲泣痛切に詠んだ、僕が富田木歩第一の絶唱と信ずる一連の句群である。
今回の2011年5月号『俳句界』の僕の論考「イコンとしての杖」では制限された原稿枚数の中、ここに示した冒頭と末尾の句のみを挙げるに留めたが、やはりここに、その全てを敢えて掲げておきたいのだ。(引用は僕の「やぶちゃん版新版富田木歩句集」を用いたが、時間的連続性を重視するために一部の句及び新井声風氏の注・僕の注は省略した)。
……それは……この木歩が僕自身であり、まき子が僕の亡き母聖子テレジアでもあるからである……
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病 妹
和讚乞ふ妹(いもと)いとほしむ夜短き
病勢の急に怠りし妹頻りに母の讀經をもとむ
今宵名殘りとなる祈りかも夏嵐
病 妹
妹さするひまの端居(はしゐ)や靑嵐
戸一枚立てゝ端居(はしゐ)す五月雨
病 妹 三句
晝寢守(も)れば螻蛄(けら)の聲澄む花菖蒲(しやうぶ)
寢る妹に衣(きぬ)うちかけぬ花あやめ
病む妹に夜氣忌みて鎖(さ)す花あやめ
夕むれの縁に螻蛄鳴く黐(もち)の花
花黐の蠅移りくる晝餉かな
病妹惡し
醫師の來て垣覗く子や黐の花
ともすれば灯奮ふ風や時鳥(ほとゝぎす)
船の子の橋に出遊ぶ蚊喰鳥(かくひどり)
病妹 五句
咳恐(おそ)れてもの言ひうとし蚊の出初む
たまたまの蚊に咳(せ)く妹を憂ひけり
かそけくも咽喉(のど)鳴る妹(いもと)よ鳳仙花(ほうせんくわ)
死期近しと夕な愁(うれ)ひぬ鳳仙花
床ずれに白粉(おしろい)ぬりぬ牽牛花(けんぎうくわ)
病妹惡し
額上の汗に蚊のつく看護(みとり)かな
病妹惡し
蚊遣焚いて瓶花(びんばな)しほるゝ愁(うれ)ひかな
蚊遣焚いて子を預りぬ洪水仕度(みづじたく)
臥す妹に一と雨ねぎぬ軒葡萄
臨終近しとも知らぬ妹こまやかに語る
涙湧く眼を追ひ移す朝顏に
納棺式
死装束(しにしやうぞく)縫ひ寄る灯下秋めきぬ
忌中第一夜
線香の火の穗浮く蚊帳更けにけり
通 夜
棺守(ひつぎも)る夜を涼み子のうかゞひぬ
鷄音しばしば讀經さそはる明易し
妹の棺を送る
明けはずむ樹下に母立ち尽したり
朝顏の薄色に咲く忌中かな
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昨日届いた著者献呈一冊を母の霊前に今朝供えた――