父の階段の怪談
昨夜、父と話しをていたら、父は最近、
「幻聴が聴こえるんだ」
と言った。
「……深夜……ギシ、ギシ、ギシ、ギシ……という階段を登るような音がするんだ……こんな時間におかしいと思う……おまけに何かで床をズンと突き刺すような音がするんだ……医者に言ったら、睡眠薬を処方してくれたよ……」
僕は遂に親父もきちゃったかと思った。……
……今日、僕はアリスを散歩させながら、父や母と歩いたかつての山道(今は完膚なきまでに住宅地となっているのだが)を歩きながら、あの「縄文の母子像」の撮影された場所を同定していた。ここだろうという場所で僕は少年の日の僕と同じ淋しそうな顏をしてみたりした。越路と称した場所は恐らく、僕の家の向かいの山の寺の裏(今は墓地に造成されている)――そこからは僕らの家が眺望出来た。
その時――何故か、ふと腑に落ちたのだ!――父の言っている「幻聴」は、これ、幻聴なんかじゃない! と――
アリスを連れて家に帰ると、早速、父に僕は言った。
「父さん、父さんの言う幻聴はね、幻聴なんかじゃ、ないよ。あれはね、食事をした後の妻が、居間のカウチで延々寝るんだけど、やっと二階に上るのが、午前1時、2時なんだ。3月で足が悪いからやめてからというもの、どうも3時ぐらいに上ってくることもあるんだ。彼女の足はこのところすっかり悪くなって、杖――これがまた、僕の山用の金属のストックにガムテープを張ったものを使ってるんだけど――これがまた、かなり、ゴツ! と強く突かないと体を支えられないんだよ[やぶちゃん注:事実、僕でさえ、その音で眼が覚めるくらいである。]。だからね、それは幻聴じゃなくってさ、本当の音なんだ[やぶちゃん注:僕の家は縦割りの二世帯住宅で、父の家の階段と壁隔てて同位置に我が家の階段がある。父の部屋はそのすぐ脇の二階にあるのである。]。――だからさ、薬は眠れない時にだけ、飲んだ方がいいよ、癖になるからね。――」
これを聴いて久し振りに、僕と父は声を出して笑い合ったのだった。
母さん♪ ふふふ♪ お笑いだね♪
*
早速、僕は口の乾ぬ間に、自己宣言の掟を破ってブログを書いた。それが所詮、僕なんである。
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