希望なきパンドラの箱
1 プロメテウスはゼウスから火を盗んで人間に与えた。
1・1 プロメテウスとはギリシャ語でpro(先験的に)+metheus(考える)の意――既に智を受けたる熟慮する者、の謂いである。
1・2 原子力の火はプロメテウスの火である。
2 その後、ゼウスは人間が神々よりも強くなることを恐れて、人類に災厄を齎すことを企み、鍛冶(たんや)神ヘイパイストスに泥から美女パンドラを創らせ、プロメテウスの愚鈍な弟エピメテウスに贈りものとして与えた。
2・1 エピメテウスとはepi(後に)+ metheus (考える)の意、後になって気づく者、後悔する者の謂いである。
2・1・1 今の日本人は原子力発電に後悔している。
2・1・1・1 既にそれは遅きに失した――それは日本人が文字通り、愚鈍なるエピメテウスであったからである。
3 ゼウスの姦計を悟った兄プロメテウスは弟エピメテウスにゼウスからの贈りものを受け取ってはならないと注意したが、エピメテウスは聞かず、パンドラを妻とした。
3・1 パンドラはキリスト教のイヴに当る、ギリシャ神話に於ける人間の女の始原である。
3・1・1 パンドラとはPan(全て)+dōrā(贈りもの)の意である。
3・1・2 全ての贈りものはあらゆる善悪を超えている。
3・1・2・1 全ての贈りものとはそれ自体が、快楽と、その反対の災厄を全て含む。
3・1・3 但し、全ての災厄は女によって齎されるというこのステロタイプな男尊女卑の図式は、噴飯愚劣馬鹿鈍愚である。
3・1・3・1 全ての災厄は主に政治的経済的な男性原理に基づく個人的利害によって齎されていることは言を俟たない。
3・1・3・2 その証拠に、福島原発関連で登場する原発側責任者に女性は一人としていない。
3・1・3・2・1 実際には♂よりも♀の方が放射線には抵抗力を持ち(妊娠女性を除く)、非常事態の危機管理に於いては慌てふためき絶望する♂に比して、♀の方が冷静な判断力を持つというのは、生物学的な真理である。
3・2 ここに原子力を初めとした重要で微妙な行政機構が主に権威主義的で愚鈍極まりない♂が占有していたことの致命的な誤りが露呈している。
4 後、パンドラはゼウスから与えられた箱を開けてしまい、その中のあらゆる災厄が地上に解き放たれた。
4・1 解き放たれたものは、エリス(口論や殺人といった災いの女神)、ニュクス(死の神タナトス、地獄の渡し守カロン、復讐の女神ネメシスなどのまがまがしき邪神の母)、そして疫病・悲嘆・欠乏・貧困・ 犯罪・不和・狂気といった人間のあらゆるエゴイズムであった。
4・2 原子力発電所はパンドラの箱である。
4・2・1 さらに哀しいことに、その箱は冷却水や鉛やコンクリートの石棺で封じても――「期待」も「希望」も残ってはいない。
4・2・2 残るのは再臨界の恐れを孕んだ炉心の残骸と高エネルギ廃棄物と高濃度の放射線に汚染された水だけである。
5 以上のような災厄の元凶であるエピメテウスとパンドラの当人二人は――しかし、それらの災厄を一切免れ、後に起こった大洪水(!)からも生き延び、末永く、仲睦まじく、今も暮らしているという。
5・1 残念なことに、「現実の神話」は――いや「安全神話の崩壊した現実」は――誰一人、災厄から免れぬ。
5・1・1 僕らの世界には安穏としたエピメテウスとパンドラはいない。
6 僕らの世界にはもう「神話」は――ない。