荒れ果てた書斎から忽然と稀覯本二冊が消える僕の精神の致命的衰えへの恐怖
母の死の前後から、書斎が荒れ始めた。出しっぱなしの本が山済みとなり、例の地震で崩れても、うっちゃらかしたままにしていた。妻が文句を言うのでこの連休にやおら整理した。……ところが、大きなテクスト化のために必要な稀覯本二冊が、整頓しても出て来ない。……忽然と消失していた。……唯でさえやる気が失せているところに、茫然自失の体(てい)となった。……僕は書籍の整理に対しては神経症的で、全ての書棚をジャンル別にし、配列もオリジナルな規則に則っていて、かつての僕は自宅に居なくてもこれこれの本はどの書棚の左から何番目にあるか言えたのが自慢だったのだ。……況や、所蔵する本が書斎からなくなることなど、嘗てあり得ないことだったのだ。他人に貸したままになって戻らないものでも、文庫や新書までメモなしで全て暗記していたのだから。……いや、何処かに紛れ込んでいるはずである。僕はつまらない雑誌類も含めて、まず書物は廃棄しないからだ。……何時か見つかるだろう。……しかし何時かでは遅いかもしれないのだ。……ともかくもここに来て、僕の致命的な精神の衰えを現存在に痛感している。……何をやったらいいのか……さりとて何もせずにいれば早晩鬱状態の引き籠りと大差ない存在になりそうだ……何かを見つけなければ……このままでは僕は、母が自らのことを「生きた木乃伊のように生きていくのは……いや……」と言ったのと同じになってしまう……「こゝろ」の先生と同じだ……自らを投企せねばならぬ……何か……何かを……
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