勾配 森川義信
勾配
非望のきはみ
非望のいのち
はげしく一つのものに向つて
誰がこの階段をおりていつたか
時空をこえて屹立する地平をのぞんで
そこに立てば
かきむしるやうに悲風はつんざき
季節はすでに終りであつた
たかだかと欲望の精神に
はたして時は
噴水や花を象眼し
光彩の地平をもちあげたか
清純なものばかりを打ちくだいて
なにゆえにここまで来たのか
だがきみよ
きびしく勾配に根をささへ
ふとした流れの凹みから雑草のかげから
いくつもの道ははじまつてゐるのだ
*
(私の「森川義信詩集」より)
――僕は今 森川の云う「非望」という今迄何となく腑に落ちなかった言葉が分かるのだ――母の「不在」ではない 母の「非在」のきわみだ――その感覚が 僕の今の 日常ならざる飴の様に延びた蒼ざめた時間の陰から 波状的に襲い来るのだ――しかしMよ、僕は今や君のように若くはないんだ――「いくつもの道ははじまつてゐる」――そんな感じは、哀しいかな、もうとっくに忘れてしまったよ――Mよ、地下に眠るMよ、君の胸の傷は、 まだ、痛むか?――