猫 北原白秋
夏の日なかに靑き猫
かろく擁(いだ)けば手はかゆく、
毛の動(みじろ)げばわがこころ
感冒(かぜ)のここちに身も熱(ほて)る。
魔法つかひか、金(きん)の眼の
ふかく息する恐ろしさ、
投げて落(おと)せばふうわりと、
汗の緑のただ光る。
かかる日なかにあるものの
見えぬけはひぞひそむなれ。
皮膚(ひふ)のすべてを耳にして
大麥の香(か)になに狙(ねら)ふ。
夏の日なかの靑き猫
頰にすりつけて、美くしき、
ふかく、ゆかしく、おそろしき――
むしろ死ぬまで抱(だ)きしむる。
(「思ひ出」より)
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国立国会図書館デジタルライブラリーの「おもひで」初版画像を底本としたが、「毛の動(みじろ)げばわがこころ」の部分は「毛の動(みじろ)げはわがこころ」とある。僕の判断で「ば」とした。