母 北原白秋
母の乳は枇杷(びは)より温(ぬ)るく、
柚子(ゆず)より甘し
唇(くち)つけて我が吸えば
擽(こそば)ゆし、痒(か)ゆし、味よし
片手もて乳房壓(お)し、
もてあそび、頰(ほ)を寄すれ。
肌さはりやはらかに
抱(いだ)かれて日も足らず
いとほしと、これをこそ
いふものか、ただ戀し。
母の乳を吸ふごとに
わがこころすずろぎぬ。
母はわが凡(すべ)て。
*
「思ひ出」より。底本は昭和42(1967)年新潮社刊「日本詩人全集7 北原白秋」を用いたが、漢字は僕のポリシーから恣意的に正字に直した。
国会図書館の画像ライブラリーで確認したが、本詩は初版には所収しない。そのため驚くべきことに、母を詠った絶唱として近代詩史上稀に見る優れた作品でありながら、ネット上では全詩にめったにお眼にかかれないのである。
――僕の、母へのレクイエムとして、ここに記す――
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