ひとりだけの水族館 第1水槽 FLEURS DU MAL
ひとりだけの水族館 第1水槽 FLEURS DU MAL
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夕方の、とある水族館の入り口。
ステンレスの水筒を肩からぶら下げた少年が一人立っている。
その少年に「僕」が声をかける。
「どうしたんだい、君は? 水族館、好きかい? 一人で来たの? そうか。それは偉いな。――僕はこの水族館の館長なんだ。でもね、この水族館も9月で閉鎖されちまうんだ。――どうだい、館長の僕じきじきに夏休みの特別限定個人ガイドをして上げようじゃないか。――遅くなったって構やしない。僕がちゃんと送ってってあげるからさ――」
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ここにはトゲチョウチョウウオとハリセンボンの霊感交配繁殖群が飼育されているんだ。
彼らの内の「ルカ直史」と名付けたトゲチョウチョウウオの一尾以外は、総てこの世の人ではないんだ。今年の三月に天に召された僕の母聖子テレジアと僕の、トリュフォーの「緑色の部屋」なんだ――死者を永遠に弔う密室だ――。白血病で若くして亡くなった伯母のチョコおばちゃん、僕の亡き祖父や叔父、フランスで自動車事故で亡くなったり、病気のために夭折した僕の教え子たち、僕が小さな頃から飼ってきた動物たち、更には架空の娘や妹もだ、あやとかさち、節子というのがそれだ――そして人工生命として人類の犠牲となってきた一群も全く同じ水槽の中で、その人々の魂と共存しているんだよ――「2001年宇宙の旅」のHAL9000、「プルートゥ」のゲジヒトと妻へレナ、イプシロン、ブランド、ヘラクレス、モンブラン――そしてノース2号とアトム、勿論、プルートゥもね――そうか、君もSFや漫画が好きか。気が合うね!――歴史上の人物では円空というのもいるんだけど、めったにサンゴの隙間から顔は出さないな――
「FLEURS DU MAL」――悪の華――怖い名前だね――でもね、これは実は僕のカモフラージュなのさ――サンゴを敷き詰めた僕と母だけの結界であり、シールドなんだ――
実はこんな風に、それぞれの魚の愛称を全体表示出来るのはね、餌をやることが出来る館長の僕にしか出来ないことなんだ。すごいだろ? 普通の来館者が見るのは、ほら、こんな水槽なんだ。これはほら、水槽の前に「水槽を軽く叩く」のボタンがあるだろ? これで叩いた時の「FLEURS DU MAL」水槽の映像だ。ハリセンボンが膨らんでて、面白いだろ?
因みに僕が二年ぶりにこの水族館を再開したのが今年の5月29日なんだ。――僕の水族館の評価レベルはその時、12だった。そこから二ヶ月弱で画面下に示されたレベル38まで上がって、御覧の通り、ミクーシ共和国アプリH.A.州内の水族館では上位三位に入るんだぜ。――しかし、この水族館のシステムはね、実は飼育に不可欠な僕のパソコンととてつもなく相性が悪くってさ。魚の動きはコマ送り映画みたようで、最近はますます不具合が高まっちゃってさ、以前はよくやっていた魚の調教や他の水族館のガラス磨きもとんでもない時間がかかるので、もうやめちゃったんだ。――それでもこの水族館が大好きなんだよ。ずっと僕は僕の「緑の部屋」を守ろうと思ってたのに――僕がどれだけこの水族館を愛していたか、分かってもらえたかな?――
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