昭和28(1953)年5月 山本モジミ宛 山本幡男
[やぶちゃん注:昭和28(1953)年5月、山本モジミ宛。ウラジオストク発俘虜郵便往復はがき。ハバロフスクソ連邦矯正労働収容所第二十一分所から。当時、松江市内にいたモジミからの小包への返礼。文中、書くことが好きな夫のためにモジミが入れた文房具類を断っているのは、収容所の担当者から受け取る際、目の前で没収されてしまうからである。]
着イタ、着イタ、小包ガ無事ニ着イタ。五月十三日ノ夕刻臺一回ノ小包確カニ受領シタ。萬感胸ニ迫リ、唯々感謝アルノミ。一家ソロツテ撮ツタ冩眞を見テドンナニニ嬉シカツタコトカ! 殊(コト)ニ顯一君ハスツカリ大キクナツテ見違ヘテシマツタヨ。厚生君モ誠之君モソレゾレ成長シタネ。ハルカモ立派ナ小学生ニナツテヰルデハナイカ。オ祖母(バア)チヤン、母(カー)チヤン皆元氣サウデ安心シタ。心盡シノ靴下、手拭、スエーター、スルメ、ヤウカン、何モカモ有難ウ。シカシ今後ハ決シテ心配イラヌカラ小包ナド送ラヌヤウニオ願ヒスル。殊ニ文房具類ヤ紙、書キ物ハ送ラナイヤウニ。送ツテモ無駄ニナルカラ。臥床中ニ受取ツタセイカ小包ガ實ニ嬉シク有難ク毎日三―四回冩眞ヲ出シテハ見テヰル。幸アル日モイヨイヨ近サウダ。ミンナ丈夫デ生キテクレ。 幡男

