ひとりだけの水族館 第2水槽 瓔珞之禁裏
ひとりだけの水族館 第2水槽 瓔珞之禁裏
ここはね、当初は40個体に及ぶクシクラゲの水槽だったんだけどね、人の顔みたような如何にもな形状と大ぶりの成虫個体が水槽を息苦しく塞ぐ感じになっちゃてね、思い切ってミズクラゲに展示変えをした水槽なんだ。
この水槽では不思議な現象が起きているんだよ。全くの新種が突然変異によって出現したんだ。ほら、画面のやや右にいる明るい色をした一個体、僕の知る限りでは、他のミズクラゲを多量に飼育している水族館の水槽でもまずは見かけないから、レアな現象らしい。私の洗礼名の「ルカ」と名付けたよ。このルカはもうしかし、繁殖させる時間も金もないんだ。可哀想だけど、ルカは孤独なままに消えてゆくんだ。
ここには「唯至」という♂を除いて「源氏物語」の中の僕の好きな登場人物だけが個体愛称に名を連ねているんだ。
夕顔――花散里――空蝉――玉鬘――右近も忘れずに、ね。
繁殖が進まないので惟光という♂もいるよ。考えてみりゃ、同じ「光」の名を持った乳兄弟の彼は、光のアリバイ作りやら夕顔の遺体処理やら、ただただ光の影のようなもんだったからね、せめてここでのびのびしてもらおうと思ってさ。
えっ? ああっ? あのウミウシかい? あれはね「靜」というんだ。実はこの水槽のベントス系は別テーマでね、他にもテーブルサンゴの間に三匹ほど隠れているんだ……いや、これはやめておこう……君が「こゝろ」という作品を読んで考えたまえ、僕がどうしてこの4人を総て交配不能な孤独地獄に陥れたかを、ね……
この水槽にはテーブルサンゴを左手から右手奥に、それぞれ形状の回転と大きさを変化させながら配して、擬似的な遠近感を演出しているんだ。因みに、僕はこのテーブルサンゴがいっとう好きだ。世の中には水族館の水槽にあるまじき愚かしい人間趣味の下劣なアイテムを並べて悦に入ってる輩もいるが、僕はああいうのは大嫌いなんだ。僕の水族館には、このテーブルサンゴさえあれば、他に何もいらないと言ってもよいほどに、好きなんだ――
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