孤影――陸奥尻尾岬に寄せて―― 土岐仲男
孤影
――陸奥尻尾岬に寄せて――
何と言うことだ
風と海と
岩にへばりつくいくばくかの草と
カモメが飛び
カラスがおりている
心の果てにひろがる
荒蓼たる一つの地域
「神」もなく「仏」もない
ただ砂原のおき伏し
ああ何のために私は
こんな地の果てに彷徨うて来たのだ
こんな陸(くが)果にも
遠古の人がいたと言うので
それを調べるためにやって来たのだ
この荒蕪の地に住み
獣類をおさえ魚類を漁(すなど)り
日々のたつきを立てていた者は誰
莫々としてつかみようもない
この忘却の霧につつまれて
一人立つ岬の高さ
天地の太初以来
繰り返し打つ大洋の浪が
今日もまた同じように打っている
この地の果てを駈けめぐり
虚ろなる心かき立て
風の響きに首すくめつつ
草に憩うこのひととき
遥かなる天心の太陽(ひ)が
遠い水面に微塵と砕け
蝦夷(えぞ)ケ島が雲間に隠見する
祈りも信仰も役に立たぬ
夏にして冬景色を備えた
ここ岬の一隅に心冷えて
厳かに身ぶるいつつ
孤影をまもる
[やぶちゃん注:「尻尾岬」は下北半島北東端に突き出た岬で、津軽海峡と太平洋を分けるような位置にある。本州の最北端である下北半島北西端の大間岬に対し、この尻尾岬は地元で「本州最果て地」と呼ばれている。但し、ネット検索では尻尾岬の貝塚や縄文遺跡についての記載は見出せなかった。識者の御教授を乞うものである。]