秋草 土岐仲男
秋草
秋
むさし野の空晴れて
つゆけき草の色どり
憇うこころのやすらかさ
みにくきものよ
わずらいよ
かさなり充ちる生(よ)はとまれ
心のすみに咲き匂う
ここむさし野の秋草に
祈れ
平和のひとときの
いとささやけき一ふしの
美(は)しき生命(いのち)の表徴(シンボル)に
ああ麗わしき表徴は
ささやかなれど
滅びざり
人の心の野の果てに
咲き乱れつつしのびかに
まことにしあるものとして
心と共に生きて行く
秋
むさし野の空晴れて
咲き出し花に憇うとき
心ゆたかに盈ちあふれ
幸福ほのかにあたたまる!
[やぶちゃん注:「ささやけき」は文法の誤りではない。これは「細やけし」ク活用連体形で、小さい、細かい、小さく纏まっている、こじんまりとしているの意。「しのびかに」も「しのび」(忍び)という「目立たないようにすること、人目を避けてひそやかにすること」という意の名詞に、状態を表す体言を形作る接尾語「か」が附き、それが形容動詞ナリ活用化した、その連用形である。「まことにし」の「にし」は格助詞「に」に強意の副助詞「し」が附いた強調体で、既に「万葉集」にも用例が多く見られる。僕は詩集「人」の中でも、この詩が特に好きだ。一種の定型的音律があって朗誦心地よいことと、そして、この詩の僕の心の映像に、僕の大好きな国木田独歩の「武蔵野」を、そしてやっぱり大好きな手塚治虫の「鉄腕アトム」の「赤いネコの巻」を、そして僕の小説「こゝろ佚文」を鮮やかに見るからである。]