「寺」 土岐仲男
「寺」
私はその名を知らない
岩山に抉ぐられた一画の土地
高く聳える樹々にかこまれ
その「寺」はある
まつります御仏は
観音か 菩薩か
信仰の衰亡も今は問うまい
ただ日本の「土地」のその一隅に
何世紀かの風雪に耐えて
厳かに存続するこの「寺」を見る
はかなき現し身の魂が指向する
「寺」と言う存在
限りなく浮き迷う
わが魂の港
民族の祈りの礎
仏をもてあそぶ僧等の恣意は
僧等の野望は
幾度かの治乱興亡を過ぎて
その庭苔に吸収され
ただこの御仏(みほとけ)と「寺」と
樹々と 碧空とが
人類の苦悩と御仏の慈悲を直結して
この上もなく健かに
この上もなく穏かに
この上もなく厳かに
この上もなく大きく
天地と共にしずもり返っている
ああ幾世紀かの
灼日と荒雪に耐え
耐え耐えて滅びざる民族の「寺」よ
大乗 小乗の教はとまれ
天地のかびにもひとしき
人間われは
今恭しくこの「寺」の姿に合掌する