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2011/10/25

鈴木しづ子 31歳 昭和25(1950)年から 22句

しづ子の実像に眩しいハレーションがかかり始める。「しづ子」伝説の第二期ともいうべき世界が起動し始める。俳句も再起動し、年間の発表句は全59句、その内、『指環』に採録されたものは22句である。僕が選んだのも22句であるが、これは偶然の一致、『指環』のものも、漏れたものも僕の琴線句、合わせての22句である。

花吹雪岐阜へ來て棲むからだかな
黑人と踊る手さきやさくら散る
(「樹海」昭和25(1950)年2月号)

『指環』採録句。「最後の審判」のように黒人の黒い手としづ子の白い手――早いターンの二人きりの尽きるともないダンス――そこに歌舞伎の舞台の如き沢山の桜吹雪――芝居がかっていながら、強烈なリアリズムと若い律動がある名句である。標題「流転」四句の冒頭二句。

   指環
冬の夜の指環の指や妻たりし
左中指かたみの指環凍てにけり
玉三つならべ指環の凍てにけり
手袋の指に指環を愛でにけり
をんな持ちならざる指環指凍ゆ
凍つる夜の吻ふれしむる指環かな
過去の冬あたへられたる指環かな
指環凍つみづから破る戀の果
(「樹海」昭和25(1950)年2月号)

これは彼女の第二句集の題名『指環』と同じ標題でありながら、実は最終句のみが『指環』に採られたのみである。時系列から言うとこの指環を送った人物は、短い結婚生活であった関某かと僕は当初思ったのだが、その場合、二句目の「かたみの指環」で躓く。「みづから破る戀の果」からは先に示した関に先行する愛人池田政夫かとも思われるが、やはり「かたみ」がそぐわない。この指環に対する強いフェティシズムには、えも言われるぬしづ子の執念が感じられる。これについて、川村氏は「しづ子 娼婦と呼ばれた俳人を追って」の中で、実はしづ子には向島の工場で製図工として働いていた昭和14(1939)年二十歳の頃、二人で秘かに契った婚約者がいたが、彼は戦死した事実を明らかにし(氏名や戦死の時期等は不詳)、『しづ子が真に愛した相手は、戦死した婚約者であった気がする』とされ、またこの「をんな持ちならざる」振りの大きい男物の指環の元の持ち主として『最も自然なのは、戦死した婚約者ということになろう』と記しておられる。僕も、この句群の句柄をほぼ総て説明し得るものは、その戦死した婚約者しかいないと思う。そうしてそう腑に落ちた時、これらの句群はいやさらに輝きを増すと言ってよい。

寒の夜の流離の指環愛でにけり
遊び女としてのたつきや黄水仙
(「樹海」昭和25(1950)年3・4月号)

標題「黄水仙」の四句の最後の二句。後者が第二期の伝説「娼婦しづ子」を初めて読者の鼻先に突きつけた問題の句である。

賣春や鷄卵にある掌の温み
菊白し得たる代償ふところに
娼婦またよきかな熟れし柿食うぶ
(「俳句研究」昭和25(1950)年4月号)

先にも記した通り、『指環』所収は、
娼婦またよきか熟れたる柿食(た)うぶ
で、句形が微妙に異なっている。
しづ子は、前月に続き、メジャー誌も用いてスキャンダラスな都市伝説(アーバン・レジェンド)を世間に播種し感染させる。意味深な標題――「代償」――その全六句の掉尾に「娼婦またよきかな」――この新鋭の、裏切られた俳壇に強迫的な脅威を与えるために――娼婦型最終兵器「しづ子」は――満を持して配備されたのである――

霙けり人より貰ふ錢の額
(「樹海」昭和25(1950)年5月号)

ここまで来ると、もはや娼婦句ではなく、路通や乞食井月の風情に古化してくる。前掲句と合わせても4句のみ、「しづ子」娼婦伝説の証左は(それらしい素振り仄めかしや仕草の匂わせの確信犯の句は確かに多くあるが)たったこの程度なのだ。恐らく増殖した妄想の中で、しづ子の句は体よく「娼婦句」として奇形的解釈が行われ、今もいまわしい「伝説」の再生産が行われているのだと僕は思う(ただそれをやはりしづ子はほくそ笑んで黙って蔑視ばかりなのであるが)。僕がこの4句をお示ししたのは、ある意味、それをもう断ち切る時がきたということを秘かに感じているからである。あなたが更に、あなたのしづ子を傷つけない、ためにである――

斯くまでの氣持の老けやたんぽぽ黄
春盡や全裸のかひな輕く曲げる
情慾や亂雲とみにかたち變へ
身の變轉あかつきを降る春霞
(「樹海」昭和25(1950)年6月号)

彼女の印象的な下五「たんぽぽ黄」の四句連作の後に掲げた三句が続いた全七句群。僕は『指環』に採らなかった「春盡や」の句が不思議に健康で美しく高い位置に感じられ、次いで「情慾や」から「身の變轉」でもて余し、持ち崩した身体へと映像が変質、最後に、いや、身はまだしも「斯くまでの氣持の老け」をとこそ初めて実感する、しづ子の哀しい姿体が見えるのである。底本によれば、この号でしづ子の具体的な住所が誌面に公開されている。但し、これは必ずしもしづ子の自律的な意志によるものではないであろう。編集上の同人情報記載であった可能性の方が僕には高いように思われる。彼女は自身の住所は知られたくなかったはずだと思う。

句作七年十指の爪の小さきこと
(「樹海」昭和25(1950)年8月号)

演じられた「子供の俳句」三句の先行を除けば、しづ子の「樹海」初投句は、先に示した「樹海」昭和18(1943)年10月号の、
ゆかた着てならびゆく背の母をこゆ
で、七年前になる。

明星に思ひ返せどまがふなし
(「樹海」昭和25(1950)年11月号)

標題「まがふなし」で5句。川村氏は「しづ子 娼婦と呼ばれた俳人を追って」の本文で、この号に松村巨湫は「しづ子のこと」という一文を寄せているが、この長文の評は、実はしづ子自身からの依頼で書いたものであることを後に巨湫自身が明らかにしているとし、そこで『師のこのしづ子評は難解であると共にかなり不思議な文章で』『そこに謎が潜んでいる気がしてならない』と記されている。「KAWADE道の手帖」の「鈴木しづ子」に所収するそれを再読してみた。これはしづ子評としては飛び切りオリジナルなもので、しづ子を語る上では避けて通れない必須評論なのであるが、しかし違った意味で飛び切り難解にして異常な文章なのである。――「〇〇性」「〇〇的」「〇〇化」の連発――傍点の乱打――俳句詩想を示すための哲学的で難解、というより、奇怪奇景な印象を与える「語維」「靭性」「撓性」「抒懐」「抒懐度」「象性」「嚮向的規制論理」といった造語らしきものもふんだんに含まれる尋常ならざる語群――またそこで開陳される彼の俳句詩想の一部は、すぐ後の文で無化されたり、訂正されたり、その外延を野放図に広げたりしていて、これがまた如何にも読みにくい印象を強めているのである。そして――ここに奇妙な性的表現に続く、やや意味不明な文脈が二箇所、出現する。一つは本句を評釈した部分に現れる。
『「まがふなし」はその思慕――かれ自身にも気づかれないリビドー――の存在を無意識のうちにも摑みえたよろこびであり、そこから未来に向かって世界をひらきゆかんとする決意である。』
(「決意」に傍点。「かれ」とはしづ子のことである。巨湫はしづ子を語る際に「かれ」と表現する。これにも僕は奇妙なこだわりを感じる)で、今一つは、しづ子の「すべて夜おそき飯はむ秋簾」の句を激賞する中で(残念ながら僕は別段この句をよいとは思わない)、古来の風雅理念である「寂び」を批判する文脈に現れる、
『ひとによって生み出され、にじみ出て来たものを、後とからしきりと反芻しているのが能楽だ。世にもかけがえのない愛人のそれでないかぎり、分泌物質を嗜尚することに私は堪えがたい。』
(「反芻」「能楽」に傍点)という叙述である。「性」に関わる表現はしづ子を評するに避けられないから、僕はそれを以て「奇妙な性的表現」と言っている、のではない。
掲げた前者は一見、特に変ではないように見えるかもしれないが、よく読むと如何にもおかしいのだ。『かれ自身にも気づかれないリビドー』という受身・可能否定形の使用の意味の不鮮明さ。更に、そもそもが無意識下の性衝動の核部分を言うリビドーは、自身に気づくことは出来ないからリビドーなのである。従って、そ『の存在を無意識のうちにも摑みえたよろこび』とい謂いは精神分析学的には矛盾した言説(ディスクール)なのである。それどころか、それが一気に『そこから未来に向かって世界をひらきゆかんとする決意』にダイレクトに繋がるというのは文学的な措辞としては恰好いいけれども、何を言わんとしているのかが実は全く伝わってこない、やはり「変な意味」で「性」的な解釈なのだ(言っておくが実は僕は、この「明星に思ひ返せどまがふなし」の句をも僕の琴線句としては、採らない。巨湫の言うような、ある強靭な強さをこの句に僕も感じはするが、しかし「僕の琴線」には触れてこないのである。それだけは断っておく。ただしづ子自身がこの句にこだわった事実に於いてこの句はしづ子のエポック・メーキングの句であることは確かであり、そのようなものとしてこの難解な象徴句は今後も議論されねばならない)。――僕はこの巨湫の奇妙なもの謂いには、まさに巨湫の援用しているフロイトの「言い間違え」理論によって解釈し得るのではあるまいかという予感がしている。巨湫は、しづ子との間にある、ある性的な秘密を隠している――しかしそれは巨湫のリビドーに直結しているが故に、こうした言い間違いとして不思議な影をその評釈に投射してしまったのだ――という僕の野狐分析である。今は残念ながら詳細なその分析を立証する資料もなく、している暇もないので、これ以上は語らないこととする。しかし、僕のその一見、性的な牽強付会とも批評されそうな解釈は、後者の巨湫の叙述に至って、解釈可能性の有意な高まりを感じさせはしないだろうか? この文章を「変」に感じない人は、最早、いないであろう。だって俳句の「寂び」を語る中で、
『世にもかけがえのない愛人の』『分泌物質』であるなら、それが汗であり、経血であり、精液であったとしてもそれを私は慈雨のように『嗜尚する』であろう
と巨湫は言い放っているのである。――これは確かに川村氏の言を俟つまでもなく、異様で奇怪な『かなり不思議な文章で』『そこに謎が潜んでいる気が』、確かにしてくるのである。……

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