鈴木しづ子 三十二歳 昭和26(1951)年6月8日附句稿100句から 19句
最初に、これらの手書き句稿を一字一字丹念に読み解き、我々に与えてくれた川村蘭太氏の労苦に心から謝意を表するものである。
それにしても詠み溜めたものではあろうが、一日の便で百句は強烈である。
而してそのうち、『指環』に採られた句は「風鈴や枕に伏してしくしく涕く」「ひまわりを植ゑて娼家の散在す」「夏草と溝の流れと娼婦の宿」のたった三句に過ぎない(採録状況も川村氏の底本の記載に従っている)。
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五月雨の流れどほしの木木の膚
短夜の夢の白さや水枕
風鈴に甘くして飲む水藥
ひと在らぬ夜るの風鈴鳴りにけり
炎日の葉の影を踏み家に入る
日は宙に徑にまごつく遠蛙
春畫賣る汗に濁りし老婆の眼
黑人兵の本能強し夏銀河
五月雨に掌を出してみる葉の隣り
ややありて雫をはらふ濃靑の葉
蟻の體にジユツと當てたる煙草の火
指置くや決して指には触れぬ蟻
指はさむ暴れどほしの翅もつ蟻
五月雨の湖を燈して渡りけり
生臭く半生の星かかげけり
天の河少女の頃も死を慾りし
濃山吹すなほにあゆむ少年犯
汗白む少年犯の膝頭
コスモスに肯きかねることありけり
「ややありて」の「濃靑」は「こあを」と読む。ダークブルー。
「五月雨の」の句の「湖を燈して」は「うみをともして」と読んでいよう。
しづ子の句の素晴らしさはその独特の映像表現にあると僕は思う。キネマの第一世代の真骨頂とも言うべきか。その時間のモンタージュは凡百のカメラマンを蒼白たらしめるに足ると言ってもよい。
「木木の膚」を本流の如く漲り落ちる「五月雨」を「流れどほしの」とアップどころではない接写レンズで撮る――
三鬼の「水枕ガバリと寒い海がある」をインスパイア、熱にうかされた眩暈を幻のままに「夢の白さや」と詠んで、あの不透明な白々とした「水枕」をクロース・アップ――
「風鈴」(アップ)――「水藥」の壜(アップ)――「甘くして飲む」唇(アップ)のカット・バック――
たった一人の五月の暗い居室にチリンと鳴る孤独な「風鈴」――
路上。焦げ付くような「炎日」に焼き付けられた「葉の影」。女の足がそれを踏みしだいて、そして家の闇へと吸い込まれてゆく孤独なその後ろ姿――
感光するフィルムは辛うじて「日は宙に」ある映像を見せて、カメラは急激にパンして人気のないぎらついた小「徑」を俯瞰、そこ「にまごつく遠蛙」(「遠蛙」は「とほかはづ」であろう)を広角で映し出す――
「春畫賣」りの「老婆の」黄色く「濁」った「眼」そして粘つくようにしたたる「汗」――
「黑人兵の」句は伝説のしづ子ならではの句である。「黑人兵」「本能」「強し」「夏銀河」の総ての語が強靭で尚且つ、批評を許さぬ有機的なソリッドな合体として、読者に迫る。下五で宇宙にスケールを飛ばすのも上手い。その句の具体なイメージを遥かに遠くに措いてしまって、僕はこの句が好きである。
以下、三句を選んだ「蟻」の句は、十句連作である。是非、底本で鑑賞されたい。炎天下のしづ子と蟻のハレーション気味の映像は、忘れ難い強烈な印象を残す。
「生臭く半生の星かかげけり」は先行する、謎めいた句「明星に思ひ返せどまがふなし」に響き合うように僕は感じる。
「少女の頃も死を慾」したしづ子の眼は、「少年犯」の共犯ででもあるかのような「少女」の視線と、そして母の慈愛に満ちた双眸とでもって、見守っている(この「少年犯」の句も四句連作)。
「コスモスに肯きかねることありけり」は翌月の「樹海」(昭和26(1951)年7月号)に載る、知られた「コスモスなどやさしく吹けば死ねないよ」の原型と言えよう。

