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2011/10/29

鈴木しづ子 三十二歳 昭和26(1951)年8月24日附句稿69句から32句及び「樹海」昭和26(1951)年10月号発表句3句

「樹海」昭和26(1951)年10月号には次の三句が載る。

乳房持つ犬に蹤けられ夕燒雲
朝顏のつねに日蔭の花も咲く
大阪や來泊てて覺めし夾竹桃

僕は馬鹿なのか、最後の句が読めない。尚且つ、この句、底本の8月24日附句稿69句稿には含まれておらず、また底本末尾に配された年月日不明の句稿にも含まれていない。これは、底本に初めて示された大量未発表句稿には散逸した部分があることを示唆している。少なくとも、この8月24日附句稿は69句以上あったと考えてよい。一句目「乳房持つ」は『指環』所収句であり、僕の琴線句の一句である。以下、僕の撰。

好きことの電報來たる天の河
明星にまがふかたなき軀と識りぬ
還り來て得し病かな鳳仙花
看とること曉およぶ水中花
風鈴の瞼とづれば鳴りにけり
乳房持つ犬に蹤けられ夕燒雲
雪はげし妻たりし頃みごもりしこと
雪はげし吾のみのほか知らず過ぐ
雪はげし葬るべく意をかためしこと
雪はげし月を經ずして葬りしこと
激つ雪自ら葬りおほせけり
雪はげし葬りて性別さへ頒たず
蘭の葉の三月寒し離婚せり
火蛾舞へば妻たりしこと悔ゆるや切
その名さへうとみけるかな燈蛾堕つ
黑人の妻たるべきか蚊遣火堕つ
ふたたび妻たるべきか舞ふ燈蛾
火蛾の舞ひ人種異る手と手合はす
まつかうに西日きたれる殘暑かな
桐一葉かつて十七のお下げ髮
桐一葉西日の中に落ちにけり
蟬かしまし飲酒喫煙おぼえしこと
雉啼くや遠き過去やら近きそれ
流れ星ひんぱんに戀を奪いしこと
遠花火音より早く失せにけり
樹の下にいちじく吸ふや白痴のごとく
祭笛吹き了りなば情ささげむ
祭笛ふくとき若さ恥ぢにけり
花の木瓜寒むざむ浮氣してみよか
凍みる戸を怒りと共に閉ぢ來しなり

「好きことの」の「好きこと」とは朝鮮戦役からの恋人の日本への帰国を指す。川村氏の年譜によれば、この年の八月頃、恋人のGIが佐世保に戻った。句稿は佐世保での再会の喜びを連句する。

――しかしその喜びは暗転する――彼はヒロポン中毒者になって帰ってきたのであった。「明星に」から「風鈴の」の句群はしづ子の、その愕然たる思いを伝えて哀しい。川村氏の年譜によれば、同八月中の出来事として、この恋人の米兵はその後、埼玉県朝霧基地に移動し、『横浜から米国へ帰国する』ことと決し、この『恋人に会うために一泊二日で岐阜より上京』した旨の記載がある。

「激つ雪」を含む「雪はげし」連作は勿論、橋本多佳子の昭和26年6月1日発行の句集『紅絲』に所収する「雪はげし抱かれて息のつまりしこと」の如何にもな本歌取りではある。しかし、私たちはここにしづ子の悲しい堕胎の思い出をここに知ることになる。これは架空の句では読みえない。恋人の絶望的な病いの中で、伝説の「しづ子」を演技をする余裕など彼女にはなかったはずだ。いや、これは伝説以前の「妻」であった時の体験である。――その「妻」の相手は正式な結婚をし、すぐに冷えきった「関」姓の人物か、それとも――などという詮索はこの際、僕には不要である。伝説の中の「しづ子」が垣間見せた真実のしづ子の聖痕(スティグマ)を、僕は全身で、受けとめる――

川村氏の年譜では月は示されていないが、この秘密の堕胎連作の直後の「蘭の葉の」の句によって、しづ子が生涯で一度だけ正式な「妻」であった、「関」姓の夫との離婚が(少なくともこの堕胎事件はしづ子一人の秘密であって、少なくとも夫側からの離婚の直接理由であるようには読めない)、昭和24(1949)年3月であったと考えてよい。

「火蛾舞へば」「その名さへ」も多佳子の「火蛾捨身瀆(よご)れ瀆れて大切子」等の火蛾句に似る。しかし「火蛾捨身」の句は多佳子の昭和三十二年の句であるから、そのインスパイアではないのである。そして、しづ子の詠みの方が遙かに切実であることに気づく。

薬中になった病んだ彼を健気に看病するしづ子をなめた彼女の背後からのショット――「黑人の妻たるべきか」「ふたたび妻たるべきか」と逡巡するしづ子の顔の眼をターゲットとした前方からのあおりのショット――しづ子の白い手が布団から出た彼の黒い手をとって「手と手合はす」アップ――枕辺のランプにコンコンとぶつかる「舞ふ燈蛾」――「蚊遣火」のアップ――「火蛾の舞」ふアップ――蚊遣の灰がポトリと「堕つ」――

「まつかうに西日きたれる殘暑かな」は、しづ子らしい強靭な句である。しづ子は何か、ある覚悟をしたとき、強烈な眩しい強い句を産む。この句は僕には、そのような一瞬の時間を切り出した句として映る。

僕は久女じゃないが大の「虚子嫌ひ」である。「桐一葉」宍、しづ子の可愛い八重歯が、虚子の太腿にがっしと嚙みついて快い。

秘かな堕胎告白もそうであるが、「桐一葉かつて十七のお下げ髮」や「蟬かしまし飲酒喫煙おぼえしこと」「流れ星ひんぱんに戀を奪いしこと」と、この句稿では病んだ恋人の実景と過去が、文字通り、「遠き過去やら近きそれ」といった感じで目まぐるしくフラッシュ・バックする。

「遠花火音より早く失せにけり」はこうして単独で読むと、写生句である。写生を伝家の宝刀とされる方には、しづ子もやるじゃないか、と言わせるかも知れない。それが僕の言う『俳句の病い』なのだ。是非、底本をお読みあれ。これは「樹の下に」「祭笛」などと同じく12句続く遠花火と祭りの句群の中にあって、何ものでもない『儚い一瞬の恋情の遠花火』であることがお分かりになるであろう。底本の「全句」をお読みあれ。僕はあくまで川村蘭太氏の労作「しづ子 娼婦と呼ばれた俳人を追って」(新潮社2011年1月刊)の販促を手助けをするものである。なお、この「祭笛」の句――「祭笛吹くとき頭かしげける」という句もこの12句の中にあるのだが――も橋本多佳子の「祭笛吹くとき男佳(よ)かりける」「祭笛うしろ姿のひた吹ける」のインスパイアである。一見、如何にもな剽窃のごとく見えるのであるが、ここには仕掛けがある。多佳子のこの句はやはり句集『紅絲』に所収するのであるが、「祭笛」と標題するこの句群には『戦後はじめて京都祇園祭を観る』とあって、この笛吹く男は多佳子の恋人でもなんでもない。ところが、この多佳子の句をまずスタートとして、しづ子のこれらの句群を読むと、鮮やかに一人の祭笛を吹く青年とそれを熱い眼で見つめる女の姿が――晴れの祭りの一夜のあやうい恋の物語が映像化される寸法になっているのだ、これを私は安易なインスパイアと呼ぶべきではないと思う、これは多佳子の句によって確信犯的に創られた別な事件、平行世界のもう一つの祝祭的神話、トワイライト・ゾーンの一話なのである。そうした視点から見ていると、もう一つの不思議な映像が僕には見える――ここで祭りの笛を吹いているのは一体誰なのか?――それは祭りで見知った行きずりの男――などでは――ない――この「祭笛」を「頭をかしげ」で吹いている「若さを恥ぢ」る「惚れ惚れ」とするような「情をささげ」んとするのは――巫女であり――しづ子自身なのではあるまいか?……僕は多佳子の句も好きである。しづ子もそうだった。先輩俳人として尊敬もしていたであろう。しかし、これみよがしな「雪はげし」と「蟬かしまし飲酒喫煙おぼえしこと」「流れ星ひんぱんに戀を奪いしこと」などの、これでもかといった詩語や句柄の意識的模倣を見ると、これはもうインスパイアというよりは――上流階級の才媛多佳子の、あくまでポジティヴな純愛思慕調の「雪はげし」や、久女由来のあくまで観念的でしかない冒瀆的語感に対する――ネガティヴでしかも強烈なリアリズムに基づく「堕ちた」しづ子が挑戦状を突きつけた対決の句――に見えてくるのである。――これらの句群は、多佳子の句群には「俳句」としては到底及ばないと評されるのであろうし、退屈な公的「俳句史」にも残らない句ではあろう。しかし、僕には――僕の「俳句」の意識の中では――立派に多佳子に拮抗する作品として、永遠に記憶されるのである。

「花の木瓜寒むざむ浮氣してみよか」祭りの後か――伝説の「しづ子」のモノローグ――

しかし――
“La fete est finie.”――
「祭りは終わった」――
バーン!!!――
「凍みる戸」は「怒りと共に閉ぢ」られる――
これが句稿の最終句である――

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