鈴木しづ子 三十二歳 「樹海」昭和26(1951)年8月号の発表句18句
この号の掲載句は昭和26(1951)年6月8日附句稿100句の中から撰されたものである。『指環』所収句は9句。その掲載句18句を総て順に掲げる。
拭ふ汗東京の土踏むことなし
搖れてゐる炎天の葉をみとめけり
風鈴や枕に伏してしくしく涕く
風鈴に甘くして飲む水藥
炎天のポストは橋のむかふ側
夏草と溝の流れと娼婦の宿
掌の金や嘲笑に似て蛙鳴く
生温く牛乳飲むや娼家の隅
暦日やみづから堕ちて向日葵黄
高き葉の隔日に照る梅雨なりけり
蟻の體にジユツと當てたる煙草の火
指触れしより蟻のまた速きこと
指はさむ暴れどほしの翅もつ蟻
生臭く半生の星かかげけり
濃山吹くすなほにあゆむ少年犯
ひと在らぬ踏切わたる美濃の秋
霙るる葉居のなかほどを燈しけり
冴返る劍山深く水に沈み
因みに、この選句は100句句稿の順に正しく並んでいる。この内、しづ子によって『指環』に採録された9句だけを、以下に抽出する。
搖れてゐる炎天の葉をみとめけり
風鈴や枕に伏してしくしく涕く
炎天のポストは橋のむかふ側
夏草と溝の流れと娼婦の宿
暦日やみづから堕ちて向日葵黄
蟻の體にジユツと當てたる煙草の火
ひと在らぬ踏切わたる美濃の秋
霙るる葉居のなかほどを燈しけり
冴返る劍山深く水に沈み
最後に、先に僕が6月8日附句稿100句で琴線句として掲げた19句を示し、本号での採否を見る。〇が掲載句、×がこの時には巨湫が採らなかった句である。なお、この号に掲載された句群を僕は今初めて見ていることをお断りしておく。
× 五月雨の流れどほしの木木の膚
× 短夜の夢の白さや水枕
〇 風鈴に甘くして飲む水藥
× ひと在らぬ夜るの風鈴鳴りにけり
× 炎日の葉の影を踏み家に入る
× 日は宙に徑にまごつく遠蛙
× 春畫賣る汗に濁りし老婆の眼
× 黑人兵の本能強し夏銀河
× 五月雨に掌を出してみる葉の隣り
× ややありて雫をはらふ濃靑の葉
〇 蟻の體にジユツと當てたる煙草の火
× 指置くや決して指には触れぬ蟻
〇 指はさむ暴れどほしの翅もつ蟻
× 五月雨の湖を燈して渡りけり
〇 生臭く半生の星かかげけり
凡夫である僕の感覚と、俳人巨湫の詩想を殊更に比較しようというのでは、全くない。しかし、不肖の輩である僕の感覚と宗匠たる巨湫の撰のずれにこそ、「しづ子」という仮象された存在証明の、恐ろしいまでの「恣意的なずれ」を見ることは、決して無駄なことではないと、僕は思うのである。
最後に。実は6月8日附句稿100句の中に、一句だけ「樹海」に採られなかったのに『指環』に所収されている句があるのである。それは句稿で「夏草と溝の流れと娼婦の宿」のすぐ前にある、
夏草と溝の流れと娼婦の宿
である。これが『指環』に採られた経緯は分からないが、極めて高い確率でしづ子自身の自選であると考えた方がよかろう。
娼婦俳句伝説を堅固なものにするに、これは相応しい句ではある。
この句――しづ子若しくは「しづ子」にとっては――必要な句であったのだ。
そのようなものとして、僕たちはこの一句を、もう一度、読み返してみる必要がありそうだ。――
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