鈴木しづ子 28歳 昭和22(1947)年から 6句
昭和22(1947)年の発表句は総数50句、そのうち句集『指環』に採録されたものが11句(一句、改作されているものがあるが、それは別な句ととって数えてなかった。最初に掲げたのがその句である)含まれるので、それを除くと39句となる。以上から句を選んだ。
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あをむ月吻ふれしむる玻璃のはだ
(「樹海」昭和22(1947)年1月号)
「吻」は「くち」。本句は『指環』に、
月蒼む吻ふれしむる玻璃のはだ
の句形で載るが、僕は表記やリズムも含めた詩想に於いて動態で畳み掛ける後者よりも、この初期形の方を、愛するものである。
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日ざしきし非をさとさるる秋の壁
(「樹海」昭和22(1947)年2・3月号)
僕はこの句に不思議な禅機を感ずる。「非」の哲学的瞑想と言ってもよい。少なくとも僕にはここに具体な情景を浮かべて矮小化する解釈は埒外なのである。これは合併号か。
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眉ひくや秋蛾はばたく鏡の面
(「黒檜」昭和22(1947)年5月号)
「面」は「おも」か「も」か。しづ子の用字としては「おも」か。シュールレアリスム風のワン・ショット。「鵙」という標題での五句の巻頭句。標題はその中の「鵙高音花壺の水すてるとき」に由来するが、この句の鮮烈さに続く他の句はかすんでしまう。
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冬雁のむらだちゆくや過去は過去
(「俳句研究」昭和22(1947)年5月号)
「紺リボン」という標題での五句の巻頭句。これもメジャー誌をターゲットとした、下五で斬新に突き放す野心的な作である。ただ、やや巧んだ後味が残る。好きな句だが、しづ子が『指環』に採らなかった気持ちは分かる気がする。この頃の「俳句研究」は恐らく改造社社員であった山本健吉の編集になるものであろう。
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背信や寒をはなやぐちまたの燈
(「俳句研究」昭和22(1947)年5月号)
同じく「紺リボン」標題の二句目。こちらは前句とは逆に、上五で中七下五の風景を扇情的に浸潤させる効果を狙った。やはりやや狙う意図が見えてしまう句である。しかし、韻律が流麗で僕好みである。
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アマリリス娼婦に似たる氣のうごき
(「俳句研究」昭和22(1947)年8月号)
標題「春嵐」十句の第四句。これは別段、うまい句ではない。ではないが、しづ子にとってエポック・メーキングな句であるように思われる。この「氣」は作者しづ子自身に確信犯的に投影されているからである。しづ子には、句集『指環』所収の、
娼婦またよきか熟れたる柿食(た)うぶ
という有名な句があるが、それに遥かに先行する、伏線の如き句として僕には映るからである。この知られた句は初出が昭和25(1950)年4月号『俳句研究』で、実は句形が『指環』とは微妙に異なっている。以下に掲げる。
娼婦またよきかな熟れし柿食うぶ
本句は実に、これより凡そ三年前の句であり、『春雷』と『指環』という大きな変身をする、その狭間にある本句は、やはり銘記されるべき句であろう。因みに、この「氣」は底本が正字なのである。更に言えば、実はここに掲載された十句全部が正字表記なのである。これは僕が恣意的にしづ子の句を正字化していることへの、一つの正当性を証するものとして掲げたい。一首の変化を狙ったものとも思われるけれども、そうした意識の切り替えをスムースに出来るのは、彼女の原意識に正字の感覚が定着しているからにほかないらないのである。標題は、最後の第十句目、
春嵐饐えし男體われに觸る
である。「男體」は「だんたい」と音読みさせるか。面白いが、無理のある句である。
この時期、しづ子は「愛憎」「敵意」「本能」「節操」といった哲学的概念語や尋常性を失った語彙衝突の語句を挿入することで詩想を変革出来ると安易に思っていた感を僕は受けるのである。……ただ、それは概念ではなく、切実な現実であったのかもしれないのだが……

