鈴木しづ子 三十二歳 昭和二十七(一九五二)年三月十一日附句稿百六句より(1) 五句
母の日の甘藍の皮剝がし次ぎ
「甘藍」は恐らく韻律からいって「かんらん」と読ませている。キャベツのこと。中国語名由来。
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寐る四肢のうづきは悲し毛布觸れ
いのちよし薰風の竹立つかぎり
これは何らかの高熱を発する病床での吟と、その回復期の一句ではあるまいか。私は若き日に山水を飲んでA型肝炎に感染し、高熱とγGTP二〇〇〇という肝機能振り切れ状態を体験したが、その時、横臥している敷布団に触れている部分と、毛布の掛布団が触れている四肢が、千山を押し付けられたかのようにうづいたのを忘れられない。
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花を見るそれでも夢をもつてゐる
「しづ子」伝説には、こんな素直な句はあってはならないのに違いない。巨湫は遂にこの句は採っていない。しかし、彼が真にしづ子を語らんと欲せば、失踪後も、急句稿からあたかも投句され続けているかのように『樹海』に句を掲載し続けた巨湫にして、私は最後にはこの句を採らぬのはおかしい思う。いや、葬られずに残っていたことだけでも巨湫に感謝すべきか。
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水仙やあかつき點す雨の音
水仙は室内の生け花一輪がいい。でなくては「雨の音」が生きない。「あかつき點す」は、暁の真っ暗な室内に白く浮かんだ水仙の花を、燈火に喩えて点(とも)しているのである。
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