鈴木しづ子 三十二歳 昭和二十七(一九五二)年三月十一日附句稿百六句より(5) 四句
月光げの紙をつらねし玻璃の疵
玻璃の面の月光げの疵びびと伸び
指細くなりしおもひの指環かな
その疵の因をおもふや月の玻璃
「月光げ」は「つきかげ」で、しづ子の好きな表記。この硝子の罅に張った紙の連なりと月影の映像が、私の偏愛を唆るが、この三句目に出現する「指環」四句目の「その疵の因をおもふや」が直結すると(この四句は体裁から連作である)、この「指環」はケリーからプレゼントされたものであり、ケリーとの愛の巣であったここで、とあるトラブルからどちらかが何かを投げ、それが窓硝子に罅を入れた。それを、指環とともに思い出しているとしか読めない。因みにしづ子の第二句集の題名にもなった『指環』について、川村氏はケリーから贈られた指環と思っていたが、研究される中で、戦死した青年から贈られたものであろうという最終的推論に至っておられる。私もそれを肯んずるものではあるが、ここでの指環は、これが密接な意味連関を持った連句である以上、ケリーの贈ったものとしか読めない。私はしづ子は二つの指環をしていたのではないかと思われる。戦死した青年の形見の男物のごっつい指環と――やはり亡きケリーの形見の指環と――
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