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« 新編鎌倉志卷之五 大仏 | トップページ | 鈴木しづ子 三十二歳 昭和二十七(一九五二)年一月十一日附句稿百五句より八句 »

2011/11/06

鈴木しづ子 三十二歳 昭和二十七(一九五二)年一月二日附句稿百五句の内 前掲ケリー・クラッケ悼亡悲傷句群全二十一句を除く残り八十四句より十一句

 この頃や人の死つづく黄水仙

 この句は先のケリー・クラッケ悼亡悲傷句群の最後と私がとった「一つの屍茫々霧をへだてけり」から三句目にあるが、この静寂と弛緩はケリー・クラッケ悼亡悲傷句群以前の句と私はとる。

   *

 人の子のお手玉縫ふて大晦日

 私が冒頭のケリー・クラッケ悼亡悲傷句群を除く本句稿の下限を昭和二十六(一九五一)年十二月三十一日とする根拠の句である。

   *

 霧もむら立つ人死なしめしこころの裡

 これが私にとって戸惑う句である。ケリー・クラッケ悼亡悲傷句群の「こころの墓霧立ちのぼる人の死へ■」の類型句であることは間違いなく、ケリーの死を、愛する者を守るべきであった自分を「死なしめし」と表現したものであろう。本句はしかし突如、日常の句家柄の間に挟まって登場する。言い訳がましいが私は、しづ子が投句句稿を清書する内に、「こころの墓霧立ちのぼる人の死へ■」の句を推敲し、ここに改稿を挿入したものという如何にも苦しい仮説でも立てるしかあるまいか。――しかし実際には私は、強引に見えるかも知れないが、「この頃や人の死つづく」と感じていたしづ子の、本句はケリーの死以前に死にかけたケリーやあらゆるしづ子の愛した死者たちに対するレクイエムとして詠んだ句だ、とおめでたくも信じているということを告白しておく。そしてこの句の十句後に続く三句を見てほしい。

 霧もむら立つ麻藥求めてやまざりし

 霧もむら立つ生きる屍とはうべなるかな

 霧もむら立つ人と契らば末遂ぐべし

これは、「死んだケリーの回想」ではない――「霧もむら立つ」中から浮かび上がってくるあの人、「麻藥求めてやま」なかった、さもありなん、伝え聞けば今や祖国アメリカで「生きる屍と」なってしまったというケリー、でもそのケリーと私は契ったのだ! 「契らば末遂ぐべし」! 「ケリーとなら死ねる」! ――という一連の句群である。最後の句は文字通り、この前の句稿の「傲然と雪墜りケリーとなら死ねる」にジョイントする。則ち、「霧もむら立つ」という詩語はしづ子の中で、ケリーの訃報を受ける以前に、醸成し使用していた語彙なのである。さすれば、「霧もむら立つ人死なしめしこころの裡」がケリー訃報以前の句であったとしてもなんらおかしくない、というのが私の見解である。

   *

 寒雲に忌むや啄木と一茶殊のほか

 寒雲に忌むやたつき貧しきことの詩

 二人の詩人を詠み込んだ贅沢と、しづ子の句想を考える上で面白い句である。彼女は経済的貧困を訴えることを主眼とした詩を、それが期待する憐みや同情を忌み嫌い、生理的に嫌悪したということである。確かに、その反転画像にこそしづ子のポーズがあることに我々は気づく。

   *

 小説より詩へ俳句へわが三轉のひやこき手

 ……しづさん……あなたの詩は読みました……小説、読みたかったな……

   *

 吹雪く夜や裏返しをく壞れし時計

 雪の中犬が動かす箱の蓋

 なんだかヒッチコックのワン・シーンのようだ。こうしたモンタージュや編集は、まさにしづ子の真骨頂である。映像処理の観点からしづ子の俳句をヴィジュアル化してみる人は出てこないかな、きっと面白いと思うのだけれど。

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