鈴木しづ子 三十二歳 昭和二十七(一九五二)年三月五日附句稿二百十六句より七句
前句稿の翌日附のものであるから、やはり雰囲気は変わらない。しかし、東大寺二月堂の修二会のお水取り前の雰囲気、岐阜県羽島郡笠松町の笠松競馬場の三月競馬、美濃・木曾路・中仙道の春景色といった羈旅吟行を並べ、寒竹を切る十六句などをひたすら詠じたりして、詩想の停滞を必死に打開しようとしている感じがする。一茶は嫌いと言っていたしづ子だが、子らを詠んだ一茶風の句群が私には光って見えた。因みに、原本のものとも判読の誤りとも区別し難いが、「みふそこ」×→「みなそこ」〇、「かふ」×→「かな」〇、「糖」×→「糠」〇など、底本のこの部分、かなり誤字と思われる箇所が多い。
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仲良しになつて夕燒け濃かりけり
蟬生れてこころの平和放すまじ
花桃やよくぞさへづる子らのくち
それし手の毬がころがるたんぽぽ黄
春晝のいつかやみたる手毬唄
冷やし水喇叭飲みして遊びに去る
斜め日や詠ふに難き梅の花
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