鈴木しづ子 三十二歳 昭和二十七(一九五二)年二月二十六日附句稿百七十三句より 十二句
のこぎりの刃形りのふちをもつ冬葉
「刃形り」は「はなり」と読ませるのであろう。ハ行音を効果的に用いて、一見した際の視覚的な印象の韻律の悪さが、詠むことで美事な定型句に変貌する。しづ子の句にはこうした仕掛けもある。
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見えぬ浪のおとのひねもす菊咲けり
本句群に多数見られる知多での羈旅吟の一句。浪を直接見せずに、時空に日がな一日充満するSEとし、菊をアップにする。
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鳰を見るひとにをしふることもなく
芭蕉の「五月雨に鳰の浮巣を見にゆかん」をインスパイアするに、鳰(歴史的仮名遣では「にほ」)の音に「にを」を掛けた諧謔性の割には、元の句の浮き立つような風狂のときめきの諧謔が、「をしふることもなく」の言辞によって急速に醒めてゆく。そこを狙った部分を買いたい。私は好きな句である。
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博徒らし日向まぶしく人待つか
ハレーション気味の映像と、「博徒」のイメージの反社会性・孤立性が句全体の渇きや埃っぽさを強化しつつ、それを見るしづ子の「らし」と「待つか」という推測と疑問文が、逆に博徒としづ子の遠心的紐帯となって立ち現れる。
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吾が簷に月のひかりの氷柱もち
「簷」はしづ子の好んで用いる字で、私は一貫して「のき」と読むことにしている。「月光」もしづ子偏愛の詩句で、「吾が」が既にして現実のしづ子の住む家のそれにあらざる――しづ子の孤独な心の軒下に冷厳ときっぱりと垂れ下る月光自体が凍てた哀しき氷柱が――私には――見える。
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蝶よかのたむろなす花まで行け
「蝶よ」は萩原朔太郎のように「てふてふよ」と読みたい。「たむろなす花」の語の選びが美事な俳諧となっている。「てふてふよ/かのたむろなす/はなまでゆけ」の方が、「てふよかの/たむろなすはな/までゆけ」の下五の腰砕けの字足らずよりも遙かに至上の厳命として強靭に響くからである。
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冬がきて必殺の獨樂放ちけり
子らの遊びを見るしづ子の眼はいつも母性に満ちた優しさに溢れている。少年の「必殺」の声が、独楽のブン! と飛ぶ音とともに聴こえてくる――
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器中一夜浸せし春の貝
これも漢字マジックである。――「うつはなかひとよひたせしはるのかひ」――総ての詰屈な感じが和訓となる時、えも言われぬ快いハ行音を意識した調べとなって伝わってくる。デッサン画のそれに淡い貝の色を水彩で少し色を塗ったところだ――。ところが……しづ子を鵜の目鷹の目で垂涎して舌なめずりするエロ俳爺いにとっては「器」「中」「夜」「侵」「春」「貝」の文字の色が猥雑に反転する。そもそもが、しづ子でない女流俳人の句であれば、これをそのようなあぶな絵として誰一人見ないはずである。これが「しづ子」の「不幸」である。しかし伝説の「しづ子」の内には「幸」は不要なのである。――「しづ子」の不幸は「しづ子」の「功」――「しづ子」の不幸は「しづ子」の子――「しづ子」としづ子は似て非なり――「しづ子」はしづ子ぢやありません――
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笑ひたき夢の記憶よ白木蓮
「しづ子」は笑うことも許されない。余りにも「しづ子」は深刻過ぎる。本当のしづ子の笑顔は、あの昭和二十三(一九三八)年の木曾川犬山橋河原で撮った叔母と妹夫婦との写真のように、健康で美しいのに――
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ふつと氣が變りしときの鵙高音
これは鵙の地鳴きを詠んで素晴らしい。私なら一番に歳時記に採る。私は歳時記を認めないがね。
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寒浪の去にし陸をば哀しめり
上句に「寒浪」を被せる十九句の掉尾。「陸」は「くが」と読みたい。如何にもな垂直的語句交換で苦吟しているが、響きといい、力といい、詩想といい、最後に至って美事にアウフヘーベンしていると私は思う。
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吾がものとおもひこそすれ紙の雛
失礼――私は雛人形が好きなのである。私には子はないが、御殿附きの七段飾りを
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