鈴木しづ子 三十二歳 昭和二十七(一九五二)年二月十六日附句稿八十七句より 十九句
もう居ない此の世の人へ柘榴咲く
先の謎めいた意味深き再会を受けるなら、「もう居ない此の世の人」とは師巨湫その人であろう。
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湯上りの冷ゆることなき十指かな
温かき十指伸ばせば揃ひけり
放哉の「爪切つたゆびが十本ある」を想起させる句である。しづ子は恐らく放哉を、俳句を始めた早い時期からディグしていたと考えている。
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月光らふいのち曝して惜しむなし
しづ子はしばしば「光げ」で「かげ」と読ませており、これは「影ろふ」の「かげ」で、「かげろふ」は光がちらつく、ひらめくの意である。ここでも「つき/かげらふ」と読んでいる可能性が高いのであるが、私は敢えて「つき/きらふ」という読みの可能性を感じる。同じく「きらめく」の意としてではあるが、但し、そのような動詞はないから造語ではある。しかし、音数律は保てる。本句の覚悟には、私は字余りが似合わない気がするのである。た句群の後半にも、
死してもよき常のおもひや月光らふ
とあり、上五は字余りである。しかしこれも「つき/かげらふ」と読むとなると、初句と下五で字余りとなり、如何にもリズムが悪い。私はやはり「つき/きらふ」と読みたい。
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好き人でありしとおもふ時鳥
先の「もう居ない此の世の人」の句から六句目にあり、私はこの「好き人でありし」人も巨湫を指すと読む。さすれば、これは「よきひと」と「すきびと」の掛詞として機能するように私には読めるのである。
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片親の憶ひは深し星祭り
七夕のメリンス帶をしめてもらふ
親憶ふ梅雨の簾を垂れしめぬ
とどむるは涼しき髮の母姿
これは明らかな追想吟であり、しづ子は傍観者ではなく、画題の七夕の少女はしづ子自身であり、「涼しき髮の母姿」はしづ子の母綾子としか私には読めぬ。「片親」とは、土木業者で留守がちであった父俊雄、母綾子を裏切り続けた(としづ子が感じ続けた)父俊雄を拒絶した成人のしづ子の感懐から仮想された思いととる。しかし同時にその少女の頃、実は大好きだった不在がちな父を、しづ子は愛していた。そのアンビバレントな表現が「親憶ふ」ではないか。しかもなお、今のしづ子の追想には母の孤独な「母姿」が浮かび上がるしかなかったのである。
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酒嘔きて戀情も嘔く月凍る
宿酔句群九句の掉尾。
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ひとつづつ節分の豆嚙みて碎く
ゆゑあるが如く節分待ちきしなり
節分句群の内の二句。節分の習慣からこの句は大きな意味を持つ。昭和二十七(一九五二)年の節分を、しづ子は「ゆゑある」が故に待っていたのである。――それは自身の半生を「ひとつづつ」一歳ずつ、覚悟を以て「嚙みて碎く」覚悟ではなかったか。――
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雛の夜のたがひ引き合ふ喧嘩の髮
泣きじやくる負かされし手の雛あられ
混血の幼きものよ桃の花
連続する雛祭り三句。二月五日附句稿でも同じ句群を揚げたが、これも同じ場面を詠んだものである可能性が高い。しかし私は、しづ子は頻繁にこうした混血の児童や孤児を保護した施設を訪ねていたのではなかろうかという気がしている。そこには亡き黒人兵ケリーへの思いが裏打ちされていたには違いないが、私はしづ子の失踪の彼方の一つに(若しくはしづ子のこの後の将来設計の一つの選択肢にと言ってもよい)、こうしたかの「サンダース・ホーム」のような児童養護施設を想定し得るような気がしてならないのである。
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雪ちらつく水のほとりのアースの線
吹雪かれて切れしを繼なぐアースの線
これはもしかすると直前にソリッドにある飛騨の温泉での嘱目吟であるのかも知れない。温泉の電気器具のアース線が、しづ子の眼に止まった。私の深読みであろうが、しづ子のこのアース線への視線がひどく気になる。地に総てを流して、総ての電気を流して感電することを避けるためのアース線――あらゆるリスクを回避する地にむすぼれた線――これはしづ子の決意と同じではなかったのか?!
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ひとあらぬ體ぬちめぐる霧笛かな
ナ行音を配した空疎な殺伐とした本句を以て、本句稿の抄出の最後とする。
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