鈴木しづ子 三十二歳 昭和二十七(一九五二)年三月二十四日附句稿二百十九句より(3) 五句
祈りはなし春夜きらめく一つ星
まがふとも靑炎ゆるべし一つ星
春星に狂ひつくさば果てはまた
星炎えや水漬く屍と曝すとも
星を読み込んだ連作句十二句の内。巻頭と掉尾はその句群の最初と最後。これらは二年前の「明星に思ひ返せどまがふなし」にダイレクトに共鳴する句群であるが、ここでは既に『祈る』ことは棄てられ、情念の炎と化した星は蒼白き滅びの光となったしづ子の『生』=「一つ星」は、狂気も死さえも辞することなく、暗闇の中に『在る』――
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沙羅双樹父母は無かりし吾が十八
勿論、偽りである(しづ子の母の死はしづ子二十七歳、父は健在)。しづ子十八歳――満ならば昭和十二(一九三七)年であるが、私はしづ子の意識は数えであると考えるから、昭和十一(一九三六)年がそれであると考える。この時にしづ子には何かがあった。それは親族に纏わる何らかの出来事であり、それはしづ子にとってある種の精神的な死と再生のイニシエーションに相当するものであったのではないか。でなくてはブッダ涅槃の「沙羅双樹」と「父母」の不在と「十八」を結びつける意味がない。少なくとも、しづ子がそのような「しづ子」伝説を仮想させることを意図して置いた一句であることは間違いない。
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