鈴木しづ子 三十二歳 昭和二十七(一九五二)年三月三十日附句稿百五十六句より(7) 十二句
花吹雪東京に夢果てにけり
熟れ柿や汝があこがるる東京とは
花吹雪東京の詩削りつつ
美濃は好し春は水辺に詩の生まれ
美濃は好し夏は水辺に語らふも
美濃は好し秋は水辺に髮を梳き
美濃は好し冬は水辺に指濡らし
棲みつけば離るがさだめ歸り花
歸り花棲み古りてより離り耒し
一つ土地棄ててきたりし歸り花
その昔府中の霧を夜々燈し
離るれば府中の霧の歸り花
連続した十二句。私はこれらが一体となって不思議な定型詩として響いてくる。それは例えば次のように――
花吹雪
東京に夢
果てにけり
汝(な)に問はん
「熟れ柿や
汝があこがるる
東京とは」と――
吾(あ)は答ふ
「花吹雪
東京の詩
削りつつ」と――
ああ
美濃は好し――
春は水辺に詩の生まれ
夏は水辺に語らふも
秋は水辺に髮を梳き
冬は水辺に指濡らし
なれど――
棲みつけば
離(さか)るがさだめ
歸り花
棲み古りてより
離り耒し
一つ土地は
棄ててきたりし
その昔
府中の霧を
夜々燈し
離るれば
府中の霧の
歸り花――
それは不思議に、限りない郷愁と漂泊の、伊東靜雄の詩の一節のような響きを以て、私の心に流れるエレジーなのである――
――そして忘れてはいけない――
――この句稿は――
――しづ子が神田神保町西神田倶楽部で催された自身の第二句集『指環』の出版記念会に上京出席した当日の日附であることを――
――冒頭の私の問答はしづ子と他者ではないのだ――
――しづ子としづ子の公案なのである――
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