鈴木しづ子 三十三歳 昭和二十七(一九五二)年六月二十七日附句稿百三十二句より(3) 五句
いなづまがくつきり摑む壺の形り
涼風の居のくらがりに人を招ず
野莓やみるみる暗む空の雲
雲下りて十藥暗し疾風起り
まつたくの沖の暗みや花茨
しづ子のモンタージュの感性上の上手さがこれらの句にはよく出ている。「涼風の」の句は不思議に凄みがある。最後の句は後に続く句から、しばしばしづ子が好んで行った知多半島の嘱目であり、その前の二句もその折りの句である可能性が高いと私は思う。因みに私の祖父藪野種雄は東邦電力の発電所技師として知多半島の根元にあった名古屋発電所の建造起動に携わり、後に知多南端の河和の町で肺結核のために亡くなった。祖父の遺稿はここに。私にとっても因縁の地である。
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