鈴木しづ子 三十二歳 昭和二十七(一九五二)年四月十五日附句稿二百十七句より(6) 二句
かつては防空壕さくらはなびら散りて吹き
吹く櫻要なき壕の穴ならび
ここまで暗い心性の私の特異な抄出であるから、断っておくと、決して暗く沈んだ句柄が並んでいる訳ではない。東京から帰ったしづ子は、春の野に出でて、大好きな木曽川の岸辺に佇んで、その息吹きを多様に素直に詠っている。
防空壕をこのような景色として日常的に知っている世代は、多分、私辺りが最後だろう。この句を映像化さえ出来ない人々が半数を占めるような時代になった事実には、何か不思議な感懐が私の胸を打つ。防空壕―戦争という直喩以前に、この情景が見えないのだから。二句目下五は動詞の連用形ではなく、「穴ならび」という名詞で読むべきであろう。
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