鈴木しづ子 三十三歳 昭和二十七(一九五二)年六月二十七日附句稿百三十二句より(6) 十二句
花桐や絶ちし交はりそのままに
花桐やこころかよはぬ叔母と姪
花桐や死すとも逢ふを欲らざるなり
花桐やこころ否める女人の貌
花桐や三十年をアララギ派
肉親に蔑まれつつ夏を棲む
花桐や作家としては慕はしき
花桐や作家にあらず人として
肉親のあらそひつづく梅雨の月
花桐や言はるることも一應は
封建制そのものにして桐に棲む
肉親らしからざる情桐の花
「花桐や三十年をアララギ派」は底本では「花桐や三十年をア■■ギ派」。句稿最後に配されたアララギ派の歌人であった岐阜在住の叔母山田朝子との訣別句群十数句から。「肉親らしからざる情桐の花」は掉尾。川村氏は「しづ子 娼婦と呼ばれた俳人を追って」に「その後の叔母と父」という項を設けておられ、その中で芭蕉の「我宿のさびしさ思へ桐一葉」を引用、『その葉は衰亡の兆しを表わしても』おり、『しづ子はこの<桐の花>の優雅な佇まいを、奇気位の高い当時の言葉でいえば、封建的と見立てている。彼女は古くから詠まれているこの<桐の花>を、古いモラル、そして自身の意思が通じない象徴として捉えている』と解釈されている。これらの句群を総攬した時、確かに川村氏の謂いは強い説得力を以て私に響いた。そして――しづ子の失踪の覚悟は――既にカウント・ダウンに入っていたものと思われるのである。
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