鈴木しづ子 三十三歳 『樹海』昭和二十七(一九五二)年七月号掲載句全五句
既に『樹海』前号から始まった巨湫による、膨大な既投句稿からのパッチ・ワーク的な恣意的選句がはっきりと見えてくる。句の後に投句稿のクレジットを示したが、その抄出は逆時系列、五句の中の季の連関性や流れも糞もない、むしろ、しづ子の持っている連作性や句間の有機的連合を解体し、わざわざランダムにしてあるとしか思われない。また、この五句が私には――勿論、私は私の選句眼が一般に通用するようなものだとも思ってはいないけれども――それにしてもこの掲載句は、どれも決して多量投句群の中で光っている佳品であるとは到底、感じられないのである。私は前号とこの号辺りに、後の、しづ子失踪後に始まる巨湫の確信犯的犯罪の源泉があるように思われてならない。
蠅打ちてけふのおのれの在りにけり (六月六日附)
眉引くやことしの春は雨多く (五月六日附)
轉業かうすき雲ゆく花の穹 (四月十五日附)
事もちし花のコスモスいますがれ (三月三十日附)
沙羅双樹富しことなし貧もまた (三月二十八日附)
« 鈴木しづ子 三十三歳 昭和二十七(一九五二)年六月二十七日附句稿百三十二句より(6) 十二句 | トップページ | 草野大悟が生きていたら »

