横光利一「蠅」の「四」の生徒によるオリジナル・ピクトリアル・スケッチ
「心朽窩 新館」の僕の『横光利一「蠅」の映像化に関わる覚書/シナリオ』の冒頭に、同作の「四」のシークエンスの、今年の僕の高校三年生の教え子の手になる秀抜なる作品『横光利一「蠅」の「四」の生徒によるオリジナル・ピクトリアル・スケッチ』をリンク、公開した。本人の公開許諾を取り付けてあるが、著作権は彼女にある。一切の転載はこれを禁ずる。
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横光利一「蠅」の「四」を青空文庫から引用しておく。
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四
野末の陽炎の中から、種蓮華を叩く音が聞えて来る。若者と娘は宿場の方へ急いで行った。娘は若者の肩の荷物へ手をかけた。
「持とう。」
「何アに。」
「重たかろうが。」
若者は黙っていかにも軽そうな容子ようすを見せた。が、額ひたいから流れる汗は塩辛かった。
「馬車はもう出たかしら。」と娘は呟つぶやいた。
若者は荷物の下から、眼を細めて太陽を眺めると、
「ちょっと暑うなったな、まだじゃろう。」
二人は黙ってしまった。牛の鳴き声がした。
「知れたらどうしよう。」と娘はいうとちょっと泣きそうな顔をした。
種蓮華を叩く音だけが、幽かすかに足音のように追って来る。娘は後を向いて見て、それから若者の肩の荷物にまた手をかけた。
「私が持とう。もう肩が直なおったえ。」
若者はやはり黙ってどしどしと歩き続けた。が、突然、「知れたらまた逃げるだけじゃ。」と呟いた。
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その生徒のワン・ショットから――
もう一枚――
絵のタッチといいい、光源やアオリのカメラ・ワークといい、SEといい――僕には永遠に忘れ難い素晴らしい作品である。私の筐底で消え去るのは惜しい。これは僕の永遠の教師生活の形見である――是非、ご覧あれ――
公開を許してくれた彼女に――心から――
“Here's looking at you, kid!”
――君の瞳に乾杯!
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