鈴木しづ子 三十三歳 昭和二十七(一九五二)年六月二十七日附句稿百三十二句より(1) ケリー・フラッシュ・バック五句
八月を夢美しく病みゐけり
またたくは葉月をはりの遠燈し
短夜の夢はただよふ筑紫の野
汗わきつぐくらがり中のぎらつく眸
けんらんたる夏夜の夢の中に病む
これらの句は前年の夏の句と推定される。「筑紫の野」とあるのは、ケリーが朝鮮戦線から佐世保へ生還したことと関連するが、しづ子が佐世保へ向かった事実は確認されていないから、これは一種の想像句と読みたい。川村氏は「しづ子 娼婦と呼ばれた俳人を追って」でしづ子が慕った歌人の叔母朝子が敗戦後に中国から引き揚げた際の上陸地が佐世保であること、また同時期には『父俊雄が熊谷組福岡支店長代理として、同じ九州の福岡に義母と共に暮らしている。しづ子にとっては、この九州の地は因縁深いものがあ』ったと記されている(同書二七八頁)ことから、これはこの佐世保からのケリー帰還の連絡を受けたしづ子があくがれる心で詠んだものと思われるのである。――しかし、既に記したようにケリーはヒロポン中毒者となっていた――これらの句の「病みゐたり」「ぎらつく眸」「夢の中に病む」のは間違いなくケリーである。そしてこの映像は、佐世保から埼玉県朝霧へと移送されたケリーと面会した、しづ子の実感に基づくものである。病んだままにアメリカへ帰国し故郷テキサスで死んだケリーの面影は、幾度となく、こうして、しづ子の心のスクリーンにフラッシュ・バックするのである――
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