鈴木しづ子 三十三歳 昭和二十七(一九五二)年六月十五日附句稿五百四十六句より(2) 六句
ガーベラの朱が搖れます氣欝症
ガーベラの花言葉は「希望」・「常に前進」・「辛抱強さ」、特に赤は「神秘」・「燃える神秘の愛」で、愛の告白やプロポーズに使われる。面白いことに現代のフラワーセラピーでは「赤いガーベラは低血圧・頭痛・眩暈に効くとある。
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冬もルムバ火の鳥めきて踊りけり
ウィキのルンバによれば、『キューバの伝統的なRumbaはキューバに奴隷として連れられてきたアフリカ人によるもの。アフリカの神々に捧げるサンテリアなどの黒人宗教音楽から派生したキューバの郷土娯楽音楽』とある。ここにきて、踊り巫女しづ子も健在である。中七「火の鳥めきて」が利いている。
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壁越しの怒聲五月雨強む夜
この頃、しづ子は長屋かアパートのような貸家に住まっていたらしく、しばしば壁越しのこうした、隣人の生活句が現れる。しづ子の聴覚的な面白さのある句であるが、そこにはそうした現実社会とは実は半ば切れたような、仄かな一種の遁世者の「隣りは何をする人ぞ」といった冷めた意識も感じられる。
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戰なし夏が近づく垣間の燈
恋人ケリーの精神を病ませ、遂に死に至らしめた朝鮮戦争は、前年からの休戦協定の模索の中、この昭和二十七(一九五二)年一月には実質的な休戦状態に入っていた。但し、その結果として同一月十八日には軍事的に余裕をもった韓国が李承晩ラインを宣言、竹島や対馬の領有を宣言して連合国占領下の日本への圧力を強め始めてもいたのだが。
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まざまざとことば交はしぬ夏の夢
しづ子が交わした相手は誰だったのか――戦死した初恋の相手か――亡きハリー・クラッケか――二度と逢わぬことを秘かに覚悟した、そしてこの句稿を読む師巨湫か――いや、これを読んでいる、そう、あなたかも知れない――しづ子の句とは――そういう不思議な魅惑を、持っているのである――
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水中花かなしき時も花たもつ
水中花 伊東靜雄
水中花と言つて夏の夜店に子供達のために賣る品がある。木のうすい/\削片を細く壓搾してつくつたものだ。そのまゝでは何の變哲もないのだが、一度水中に投ずればそれは赤靑紫、色うつくしいさまざまの花の姿にひらいて、哀れに華やいでコツプの水のなかなどに凝としづまつてゐる。都會そだちの人のなかには瓦斯燈に照しだされたあの人工の花の印象をわすれずにゐるひともあるだらう。
今歳水無月のなどかくは美しき。
軒端を見れば息吹のごとく
萌えいでにける釣しのぶ。
忍ぶべき昔はなくて
何をか吾の嘆きてあらむ。
六月の夜と晝のあはひに
萬象のこれは自ら光る明るさの時刻。
遂ひ逢はざりし人の面影
一莖の葵の花の前に立て。
堪へがたければわれ空に投げうつ水中花。
金魚の影もそこに閃きつ。
すべてのものは吾にむかひて
死ねといふ、
わが水無月のなどかくはうつくしき。
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