鈴木しづ子 大量投句稿の日附不明百六十四句より 三十八句
貨車過ぎの搖れの名殘りや秋櫻
夏枯れの橋をつくらふ稻葉川
夕燒けや土面水をく一ところ
穗草ふく匂ひを人とおもいけり
人とあるおもひに坐すや穗草吹く
■の歯に古知野の風にわたりけり
[やぶちゃん注:古知野町は、愛知県丹羽郡の旧町名。現在の江南市中心部。]
傳説はいふ滿月の夜のいけにへを
犬を抱く混血のりや虹の下
夏がきて混血のるに父のなし
爐火のまへての白肌ぞ孤りなる
祕めてあればこころ喪に似て爐火燃ゆる
叔母の戀情噺笑ふにもあらず氷柱照る
戀ごころ少年にありや冬すみれ
凍蝶の翅ひといろの白さかな
わが不幸記憶の蝶の失せしより
わが不幸離京の蝶のことさら黄
思慮なくも海へ去りけり冬の蝶
人死なせしかの雪溪も雪崩をらむ
死の谷といはるるところ夏薊
瀧形りに雪墜りつぐや對ふ崖
寒夜飲む藥に致死量思ひけり
百姓の暴君の似て甘藷を掘る
戀過ぎの猫うづくまる祠そと
少女の指花の椿を祕そかに祈る
花吹雪過去と畫する一線あり
滿月の夜のいとなみの女體の手
女體にて滿月の夜の火を捧ぐ
ローレライの乙女とおもふ萬緑に
夜を泳ぐ人魚とおもふ妖めきに
月に泳ぐこの世のいのちおもはざり
暗黑の沖へ沖へと泳ぎて死なむ
きたるべき滿月の夜と決めしなり
滿月の夜を泳ぎてゆきし還るなし
雪溪に死なむいのちともおもふ
この世への訣別の手に月光りぬ
月光と死とかかはりのあらざるも
柿の種投ぐるや風の城ヶ島
戀情や冬甘日藍の重み掌に
[やぶちゃん注:「冬甘日藍」は恐らく、「冬甘藍」で冬キャベツのことであろうと思われる。]
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