鈴木しづ子 三十四歳 『樹海』昭和二十九(一九五四)年十月号しづ子詐称投句全掲載句
岐阜駅未明
春雪やへだて觸るるお師の胸
曉星や師ならぬ人とし膽む希ひ
春雪やあはれまぎれぬ星とひとつ
つむ春雪その白ら胸を裂かむとす
總べてはすべてあかつき裂きて積む春雪
白ら雪に還し申さむ曉の星
申さずに積む春雪の白かりき
前号に続く確信犯である。尚且つ、これらの句は明らかに例の昭和二十七(一九五二)年二月四日零時の岐阜駅での巨湫としづ子の邂逅を詠んだものであるのだが、精査したわけではないけれども、大量投句稿の中にはなかったように思われるのである。これらの句の感懐は――まさしく、自ら自身の白い胸に爪を立てて血飛沫を白雪に飛ばさんばかりの「熱情」に満ちている。――これらは巨湫が秘かに自身の死とともに葬ったと思われる失われた投句稿から出た稀有の迸りであり、しづ子の巨湫へ宛てた秘められた愛の句群の断片のように私には思われるのである――
いや……それにしても……しづ子の失踪から早二年……失踪以降、巨湫がしづ子の居場所を知っていたのかどうか……知らなかった、とすれば……しづ子は失踪以後の『樹海』を読むことはなかったと思う……私はしづ子は失踪以降……失踪しているはずの自分の句が投句されている『樹海』を……手にしなかったのではないかと考えているのである……そうして……そうしてこうした続けられる巨湫の詐称犯罪を何らかの形で知ったとしても……しづ子にとって何の関心も不満も憤激もなかったであろうと……私は思うのである……しづ子は、巨湫や『樹海』や俳壇という複数の共同正犯になる「しづ子伝説」捏造という特別背任の文芸犯罪社会とは……最早、全く無縁な世界に遮断されてあったように……感ぜられるのである……
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