ジョン・ミリングトン・シング著姉崎正見訳「アラン島」(13)
かういふ話には、彼はいつも一人稱で話す。描かれる場面の中へ實際、自分が出て來るやうに細かい描寫をしながら。
此の話の初めに、彼はその時、ダブリンへ行く途中で自分のもてた事を長長と語り、市中の目拔の町の金持の人たちに逢ひに行つた話をした。
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In stories of this kind he always speaks in the first person, with minute details to show that he was actually present at the scenes that are described.
At the beginning of this story he gave me a long account of what had made him be on his way to Dublin on that occasion, and told me about all the rich people he was going to see in the finest streets of the city.
[やぶちゃん注:「彼はその時、ダブリンへ行く途中で自分のもてた事を長長と語り」という訳は如何にもさもありなんと感じさせる面白い訳であるが、原文を見る限り、前文の「細かい描寫」“minute details”を受けており、単に「彼はこの話の際にも、そのさわりの部分で、彼がダブリンへ向かうこととなった理由について長々と話をし」というパット爺さんの退屈な前振りを言っているように思われる。
「市中の目拔の町の金持の人たちに逢ひに行つた話をした」は、「ダブリン市内の目抜き通りで彼が出逢った、あらゆる金持ち連中一人ひとりについて、まことにご丁寧に私に説教したもうた」といった意味であろう。これも同様に聴くシングが幾分、内心閉口したことを皮肉っての表現のように思われる。]

