鈴木しづ子 三十三歳 昭和二十七(一九五二)年八月三十日附句稿百一句より 三句
競泳に負けて歸れる徑の草
競泳に負けて歸りて少年無口なり
たくましくして水泳の黑パンツ
知れる少年の競泳の敗北連作九句から。いいシチュエーションなのに今一つ。私は読みながら、西東三鬼の昭和十一年の名作「算術の少年しのび泣けり夏 」を超えるあなたの一句を望んでいたのに。でも――きっとそれは――あなたが女――母性を持った女――だからなのかも知れないね――ふと見ると、次の句稿(八月三十一日附)の冒頭にも「水泳にひたすら託す少年の夢」「皆泳ぎを得意とするや飯を喰む」と詠んでおられる――よく読むと、あなたの句には少年の内外を総て包む愛が、確かにあるものね――三鬼のそれは、泣く少年を固定カメラでじっくりと撮ろうという、カメラマンの、監督の、実は「芸術」を伝家の宝刀とする理不尽なもの――なのかも知れないね――
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