鈴木しづ子 四十二歳 『きのうみ』昭和三十八(一九六三)年八月号しづ子詐称投句全掲載句
濃靑の葉のため息にて雫りけり
高かき葉の隔日に照る梅雨なりけり
蟻の體にジユッと當てたる煙草の火
梅雨の燈や海を渡たれば近づく駿
梅雨寒むの點もらぬ煙草唇はさむ
前の注で私が「……しかし……」と言った理由は、以下の句の出所からである。
・第一句「濃靑の」(「濃靑」は「こあを」と読む)は第二句集『指環』に所収している句である。但し、これまで『樹海』その他の誌上に掲載されたことはない。しかし、十一年前とはいえ、厳然たる句集の既出句である。
・第二句「高かき葉の」は昭和二十六(一九五一)年『樹海』八月号既掲載句。但し、先行句は不自然な送り仮名「か」はない。
・第三句「蟻の體に」も昭和二十六(一九五一)年『樹海』八月号既掲載句。但し、先行句は歴史的仮名遣いに則り、「ジユツ」で拗音化されていない。
・第四句は、底本編者注もあるが、「駿」は「驛」の誤植で、現存する大量投句稿の、最も古い昭和二十六(一九五一)年六月八日附句稿から採られたものである。但し、句稿では、
梅雨の燈や海を渡れば近づく驛
と、「渡」に奇妙な送り仮名「た」は、ない。
・第五句「梅雨寒むの」も同じく昭和二十六(一九五一)年六月八日附句稿から採られたものだが、これは
梅雨寒むの點さぬ煙草唇はさむ
であり、斧正が入っている。しかしここでも奇妙な送り仮名「も」が入っていることの方が気になる。
以上の内、少なくとも昔からの「樹海」同人にとっては最初の三句は既知の旧句である。特に『樹海』を手に取り、また、部外者でもしづ子を少しでも知る者なら「蟻の體にジユッと當てたる煙草の火」を知らぬ者はなかったはずだ。少なくともしづ子を知っている「樹海」同人であったなら、この号で巨湫がしづ子を詐称していることを、どんな馬鹿でも見抜くであろう。――前号とこの号との二か月の間で、もしかすると巨湫は、「樹海」同人の鋭い誰かからか暗に詐称を指摘されて(それも、あの如何にもな選評が仇となって)、自分の犯罪がバレたことを知ったのかも知れない。――ともかくもこれで、巨湫は遂に詐称を公的に認めてしまったことに他ならない、と私は思う。――その呵責が、無意識的に元の句を変則的に変えるおかしな送り仮名になって表れたのではないか? いや、巨湫にとって詐称は――もうどうでもいいことであったのかも知れない……
« 鈴木しづ子 四十一歳 『きのうみ』昭和三十八(一九六三)年六月号しづ子詐称投句全掲載句 | トップページ | 鈴木しづ子 四十二歳 『きのうみ』昭和三十八(一九六三)年九月号しづ子詐称投句全掲載句 »