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2012/03/07

ジョン・ミリングトン・シング著姉崎正見訳「アラン島」(32) 第一部 了

 私はゴルウェー灣のふちに沿うて散步しようと、旅客や旅商人で混み合つてゐる旅館を出て來た。そして島島の方を眺めやる。あの淋しい岩の島へ對して感ずる一種の憧憬は云ふに云はれず強い。野生的な人間の面白さは常に到る處にある此の町も、今の私の氣持には、現代生活の最もあからさまなあらゆる物のけばけばしい交ぜ合はせに見える。金持の無禮も貧民の不潔も、共に不思議な嫌さで私の胸を痛ましめる。併し島島は、既に影が薄れて行きつつある。其處に今でも漂つてゐる海草の香も、大西洋の波の轟も、私には殆んど實感する事は出來なくなつてしまつた。

 島の友達の一人からこんな手紙が來た。

 

 親愛なるヂョン・シング――私は長い間、あなたからの手紙を待つてゐます。あなたは全く此の島を忘れたのでせう。

 ――君は餘程前に大島で死にました。彼のボートは港に繫がれてゐましたが、その死後、風がそれをブラック岬へ吹き流し微塵に碎いてしまひました。

 そちらでも、愛蘭土語をやつておいででせうね。我我は此の頃、此處にゲーリック聯盟の支部を造つて、愛蘭土語と讀書を一心にやつてゐます。

 次の手紙は愛蘭土語で書きませう。貴方は來年はこちらへお出ででせうね。若しお出でならば、その前に手紙を下さい。貴方の愛する友達は皆達者でゐます。――末長く、貴方の友より。

 

 私が少し魚の餌を送つてやつたもう一人の少年からも、初めは愛蘭土語で、終りは英語で、手紙が來た。――

 

 親愛なるヂョン、――四日前、貴方のお手紙を受け攻りました。愛蘭土語でお書きになつてあつたので、私は肩身が廣く、嬉しく思ひました。立派な氣持のよいお手紙でした。送つて下さつた餌は大へん結構でした。併しその中の二つをなくし、また釣糸の半分をなくしました。大きな魚が來て餌にかかりましたが、釣糸が惡く、釣糸の半分と餌を持つて行かれました。姉がアメリカから歸つてゐます。併し彼女は此の頃、島を淋しくみすぼらしく感じ出したので、間もなく又歸つて行くでせう。――御機嫌よく……

 早く御返事を、そして愛蘭土語で下さい。さうでないと、私は讀む氣がしません。

 

 

I have come out of an hotel full of tourists and commercial travelers, to stroll along the edge of Galway bay, and look out in the direction of the islands. The sort of yearning I feel towards those lonely rocks is indescribably acute. This town, that is usually so full of wild human interest, seems in my present mood a tawdry medley of all that is crudest in modern life. The nullity of the rich and the squalor of the poor give me the same pang of wondering disgust; yet the islands are fading already and I can hardly realise that the smell of the seaweed and the drone of the Atlantic are still moving round them.

 

One of my island friends has written to me:--

DEAR JOHN SYNGE,--I am for a long time expecting a letter from you and I think you are forgetting this island altogether.

Mr. - died a long time ago on the big island and his boat was on anchor in the harbour and the wind blew her to Black Head and broke her up after his death.

Tell me are you learning Irish since you went. We have a branch of the Gaelic League here now and the people is going on well with the Irish and reading.

I will write the next letter in Irish to you. Tell me will you come to see us next year and if you will you'll write a letter before you. All your loving friends is well in health.--Mise do chara go huan.

 

Another boy I sent some baits to has written to me also, beginning his letter in Irish and ending it in English:--DEAR JOHN,--I got your letter four days ago, and there was pride and joy on me because it was written in Irish, and a fine, good, pleasant letter it was. The baits you sent are very good, but I lost two of them and half my line. A big fish came and caught the bait, and the line was bad and half of the line and the baits went away. My sister has come back from America, but I'm thinking it won't be long till she goes away again, for it is lonesome and poor she finds the island now.--I am your friend ...

Write soon and let you write in Irish, if you don't I won't look on it.

 

[やぶちゃん注:以上が第一部の最後となる。

「――君は餘程前に大島で死にました。彼のボートは港に繫がれてゐましたが、その死後、風がそれをブラック岬へ吹き流し微塵に碎いてしまひました。」原文を見てみよう。“Mr. - died a long time ago on the big island and his boat was on anchor in the harbour and the wind blew her to Black Head and broke her up after his death.”「――君」のダッシュは個人名を伏せた意識的欠字。「大島」“big island”はイニシュモア(アランモア)島。栩木氏は「大島(アランモア)の××さん」とアランモア島の住人である故人と訳されているが、これは文脈から見てやはり「アランモア島で死」んだ、だと私は思う。面白いのは“her”で、彼はボートをかく三人称代名詞で呼んでいるのである。これは次章冒頭に示されるような人称代名詞の混同と同じであろうが……しかし、何か私には、亡くなった「――君」に殉じた彼女のように読めて、目頭が熱くなるのである……

「ゲーリック聯盟」“the Gaelic League”。現在は「ゲール語連盟」と訳される。ゲール語では“Conradh na Gaeilge”。以下、ウィキの「ゲール語連盟」より。『8世紀末から19世紀にかけてアイルランド語とゲール文化の復興を掲げてアイルランドで活動した団体。1893年7月31日にロスコモン州出身のプロテスタントであるダグラス・ハイドらによってダブリンで設立された』もので、『ゲール語復興運動の中心となり、イースター蜂起などのアイルランド独立運動にも大きな影響を与えた』とある。

「貴方の愛する友達は皆達者でゐます。――末長く、貴方の友より。」原文“All your loving friends is well in health.--Mise do chara go huan.”。ネットで調べると最後のゲール語は、“Mise”が「小生」、“do”は「あなた」、“chara”は「親愛なる」、“go”は「~よ」という感嘆詞か、「その」という指示語か、「~へ」という前置詞か? “huan”も分からない。一部の英語圏のページには英語の“hound”とあり、それだと「熱中者」「~狂」に相当するが、アイルランド語と日本語の自動翻訳機にかけると、“huan”は「ラム」(小羊)と出る(但し、全文をかけると「私の友達子羊へ」となり、これは少々疑問である)。するとこれは神の子羊(イエス)の謂いで、「神の子羊イエス様の御名にかけて――永遠に変わらぬ愛を――あなたへ――友より」という謂いであろうか? 識者の御教授を乞う。栩木氏は『わたしはあなたの変わらぬ友達』と訳され、更にここにゲール語の発音で『ミシャ・ド・ハラ・ゴ・ブアン』(底本では「ミシヤ」であるが拗音化した)とルビを振られておられる。――姉崎先生、ここにはゲール語のルビが、やっぱり、欲しかったです。

「もう一人の少年」“Another boy”という表現から、第一の手紙の主も当時のシング(27歳)より、恐らくは遥かに、年少の青年であったことが分かる。

「魚の餌」原文“baits”。これは後の少年の手紙から、“artificial bait”(擬似餌)であることが分かる。この少年の手紙は事実を一生懸命綴った素直なものである。そして、きっとシングは――少年への返事と一緒に――新しいルアーいくたりかと、そして丈夫なテグスを送ったに違いない。――]

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