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2012/03/23

ジョン・ミリングトン・シング著姉崎正見訳「アラン島」第三部 (7)

 今日、私は船卸臺へ行つた時、キルロナンから來た豚の仲買が、英國の市場へ船に積んで持つて行く廿匹ほどの豚を連れてゐるのを見た。
 汽船が近づいて來ると、その豚の群全部が船卸臺に移され、カラハは海近く運んで來られた。
 それから豚は順順に捕へられ、横樣に投げ出された。その間に豚の脚は、運ぶ時のために繩の尾を殘して、一重結びに縛られた。
 受ける痛みは大したものでもなささうであつたが、其奴等は目をつぶつて全く人間のやうな聲で叫び、遂にその聲は何かを訴へるやうに、段段激しくなつて行つたので、ただ眺めてゐた男女達も興奮して騷ぎ出した。豚は順を待ちながら口から泡を吹き、互ひに嚙み合ひをしてゐた。
 少し經つてから、中休みが來た。船卸臺全部は啜り泣く豚の群で一杯になつた。その群の中に、怖がつてゐる女が所所に交り、しやがんで特に好きな豚を靜かにさせようと、撫でてゐた。その間に、カラハは下ろされた。
 それからまた泣き聲が初まつた。それは、豚が運び出され、帆布を傷めないやうに、脚の周りに胴着を附けられてそれぞれの場所に置かされる間ぢゆうであつた。それ等は何處へ行くのか知つてゐかのやうに見えた。船緣に動物ながらぐつたりとして、私の方を眺めてゐるのを見ると、私は此の啜り泣いてゐる動物の肉を食つてゐたのかと思ひ、ぞつとした。最後のカラハが出て行つてしまふと、船卸臺の上は私と女子供の一團と、海の方を眺めて坐つてゐる年取つた牡豚とだけになつた。
 女たちは非常に興奮してゐた。私が話しかけようとすると、私の周りにどつと集まつて來て、私の結婚してないのを理由にひやかし初め、喚き初めた。一度に大勢が叫び立てて、而かも早口なので何を云つてゐるのかわからないが、夫の留守を幸に、その惡口を一齊に云ひ立ててゐるのだと見當をつけた。これを聞いてゐた或る男の子たちは笑ひこけて、海草の中へ轉んだ。また若い娘たちは氣まり惡さうに、顏を赤くして、波をじつと見下ろしてゐた。
 暫くの間、私は狼狼してしまつた。物を云はうと思つても、こちらの云ふことを聞かすことが出來なかつた。それで船卸臺の上に腰掛けて、寫眞の袋を取り出した。すると忽ち、通常の氣持で、犇き合つて來る一團の人に私はすつかり取り圍まれた。
 カラハが戻つて來ると、――その中の一艘は波の上に大へんな恰好で、蜻蛉返りを打つて浮かんでゐた大きな茶の間用テーブルを引張つてゐた、――キャニゥィエ(行商人)が來たと云ふ聲が起つた。
 上陸すると、彼は直ぐに店を開いて、娘たちや若い女たちに安物のナイフや寶石をたくさん賣りつけた。彼は愛蘭土語を話さなかつたが、値の掛引が、取卷いてゐる大勢の人たちを非常に面白がらせた。
 幾人かの女たちは英語を知らないと云つてゐるくせに、氣に向いた時には、苦もなく云ひたい事を通じさせてゐるのを見て、私は驚いた。
 「此の指環はあんまり高いです。」或る女はゲール語の構造法を使ひながら云つた。「もつと少い金にしなさい、さうしたら女の子は皆んな買ふでせう。」
 寶石の次には安物の宗教畫――いやな油繪風石版畫(オレオグラフ)――を見せたが、買手はあまりなかつた。此處へ來る行商人の多くはドイツ人かポーランド人ださうだが、私は此の人とは直接に話す機會はなかつた。

Today when I went down to the slip I found a pig-jobber from Kilronan with about twenty pigs that were to be shipped for the English market.
When the steamer was getting near, the whole drove was moved down on the slip and the curaghs were carried out close to the sea. Then each beast was caught in its turn and thrown on its side, while its legs were hitched together in a single knot, with a tag of rope remaining, by which it could be carried.
Probably the pain inflicted was not great, yet the animals shut their eyes and shrieked with almost human intonations, till the suggestion of the noise became so intense that the men and women who were merely looking on grew wild with excitement, and the pigs waiting their turn foamed at the mouth and tore each other with their teeth.
After a while there was a pause. The whole slip was covered with a mass of sobbing animals, with here and there a terrified woman crouching among the bodies, and patting some special favourite to keep it quiet while the curaghs were being launched.
Then the screaming began again while the pigs were carried out and laid in their places, with a waistcoat tied round their feet to keep them from damaging the canvas. They seemed to know where they were going, and looked up at me over the gunnel with an ignoble desperation that made me shudder to think that I had eaten of this whimpering flesh. When the last curagh went out I was left on the slip with a band of women and children, and one old boar who sat looking out over the sea.
The women were over-excited, and when I tried to talk to them they crowded round me and began jeering and shrieking at me because I am not married. A dozen screamed at a time, and so rapidly that I could not understand all that they were saying, yet I was able to make out that they were taking advantage of the absence of their husbands to give me the full volume of their contempt. Some little boys who were listening threw themselves down, writhing with laughter among the seaweed, and the young girls grew red with embarrassment and stared down into the surf.
For a moment I was in confusion. I tried to speak to them, but I could not make myself heard, so I sat down on the slip and drew out my wallet of photographs. In an instant I had the whole band clambering round me, in their ordinary mood.
When the curaghs came back--one of them towing a large kitchen table that stood itself up on the waves and then turned somersaults in an extraordinary manner--word went round that the ceannuighe (pedlar) was arriving.
He opened his wares on the slip as soon as he landed, and sold a quantity of cheap knives and jewellery to the girls and the younger women. He spoke no Irish, and the bargaining gave immense amusement to the crowd that collected round him.
I was surprised to notice that several women who professed to know no English could make themselves understood without difficulty when it pleased them.
'The rings is too dear at you, sir,' said one girl using the Gaelic construction; 'let you put less money on them and all the girls will be buying.'
After the jewellery' he displayed some cheap religious pictures--abominable oleographs--but I did not see many buyers.
I am told that most of the pedlars who come here are Germans or Poles, but I did not have occasion to speak with this man by himself.

[やぶちゃん注:「カラハは海近く運んで來られた。」“the curaghs were carried out close to the sea.”とは、舟卸臺より上に引き上げられていたカラハが、豚を汽船に移送するために、海面近くまで降ろされることを言っている。
「怖がつてゐる女」“a terrified woman”。女たちは、豚のパニックに感染して、テンションが異様に昂まっている。その中でも特に気持ちが動転して、凝っとしていられないヒステリー気質の女性を指している。
「年取つた牡豚」“one old boar”。“boar”は去勢していない雄豚の意。種豚である(食肉用の去勢した雄豚は“hog”という)。
「夫の留守を幸に、その惡口を一齊に云ひ立ててゐるのだと見當をつけた。」原文は“yet I was able to make out that they were taking advantage of the absence of their husbands to give me the full volume of their contempt.”であるが、まず姉崎氏の訳では「その悪口」の「その」が彼らの夫を指していることになり、これは私は誤りであると思う。“their contempt”とは、私は彼らがシング個人へ向けた「聞くに堪えないえげつない物言い」(その内実は分からぬにせよ)を指しているものと思うのである。例えば栩木氏もこれを『僕に最大限の侮辱をぶつけているらしい』と訳しておられることから、姉崎氏の誤訳と考えるのである。ただ私は「惡口」も「侮辱」もピンとこないである。これは直前で「私の結婚してないのを理由にひやかし初め、喚き初めた」ことから分かるように、定められたパートナーを持たない若者シングへの、ある種の性的な揶揄なのである。「夫の留守を幸」、更に豚パニックでエクサイトしてテンション揚がりっぱなしの女たちがするそれは、とても夫のいる前では恥ずかしくて口に出来ないようなセクシャルな毒や誘惑を含んだ話柄なのであり、だからこそ「これを聞いてゐた或る男の子たちは笑ひこけて、海草の中へ轉」げまわるのであり、「また若い娘たちは氣まり惡さうに、顏を赤くして」、『……あの人たちの言っていること、私には分からないわ、そんなの、興味ないわ……』、という困惑と含羞から、あらぬ彼方の「波をじつと見下ろしてゐ」るのである。だから私は、ここは「夫の留守を幸」、私に対して、秘めごとに関わるようなえげつない物言い「を一齊に云ひ立ててゐるのだと見當をつけた。」と意訳したいのである。ここは民俗的な描写としてすこぶる面白いシークエンスである。シングがもう少しゲール語を解していて、その語句や言い回しをここに残していてくれたら、もっと素晴らしかったのだが……。
「その中の一艘は波の上に大へんな恰好で、蜻蛉返りを打つて浮かんでゐた大きな茶の間用テーブルを引張つてゐた、」“one of them towing a large kitchen table that stood itself up on the waves and then turned somersaults in an extraordinary manner”。このテーブルは、恐らく汽船から離れた時には、カラハの後の何らかの筏のようなものの上に正常な形で置かれていたのであろうが、波に揉まれてその筏か牽引用のアタッチメントのようなものが損壊し、テーブルがもんどりうって――逆さま(足を上にして)になり――しかし深く沈潜することなく、奇体に脚を海から突き出して運ばれた一部始終を一文で述べたものと私は解釈する。
「キャニゥィエ(行商人)」“ceannuighe (pedlar)”の“ceannuighe”はゲール語と思われる。“pedlar”は“peddler”とも綴り、行商人・麻薬密売人の外、噂などを好んで言い触らす輩の意など、余りよいイメージの言葉ではない。如何にも怪しげな行商人に相応しい単語だ。
「ゲール語の構造法」ゲール語の構文法では、英語のようなSVOではなく、動詞を最初に持ってくるVSO型を取る。
「いやな油繪風石版畫(オレオグラフ)」“abominable oleographs”。“abominable”は恐らく恐ろしく下手な、という意味で用いている。如何にもキッチュでお粗末な、お定まりのキリスト教の聖画を描いた、コテコテの油絵風に彩色した石板画であることを言っている。]

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