「イル・ポスティーノ」“Il Postino(The Postman)”
三日前のヴィデオ断捨離の最中に、頭をやってもらっている美容師のクラちゃんから数年前(4~5年以上前)に「この映画、いいわよ」と借りたテープが出て来た。実は借りたまままだ見ていなかったのであった。その日の午後に彼女の予約をとったので、とりあえず見ることにした。
実に映画館はおろかヴィデオで映画を通して最後に見てから、恐らく3年ぐらい経っている。
いや、それ以前、私淑するタルコフスキイが亡くなってから、僕は映画に興味が失せたと言ってよい……そして母が亡くなった前後からは、すっかり映画を見る根気も失せていた……母は映画が大好きだった……いろんな俳優や場面を母と語り合うのが僕は楽しみだったのだ……
――1994年のイタリア映画「イル・ポスティーノ」“Il Postino(The Postman)”――
最後のクレジット・タイトルを見終わった時(僕は映画館ではクレジット・タイトル・ロールが終わるまで決して席は立たない。家でも基本、ポーズ・ボタンは押さない。これは映画作品への、最低の礼儀である)、見て良かった(その日、僕は長く借りながら見れなかったので、と言ってクラちゃんに返すことも出来た、が、そうせずに自分を見る義務にわざと追い込んだのが、実に幸いした)と思わせる佳品であった(演劇でも映画でも小説でも何でもそうだが、「良かった」と心底、素直に思える作品というものは人生に十数作もないものだ)。
題名(「或る郵便配達人」)から漠然と連想(ルキノ・ヴィスコンティの「郵便配達は二度ベルを鳴らす」やら霍建起(フォ・ジェンチー)の「山の郵便配達」なんぞがつい浮かんでしまう)していたものとは大いに違った。そもそもが最初にニュース映画に登場するフィリップ・ノワレが、実在の左翼詩人パブロ・ネルーダであり、チリの軍事政権から亡命してきたネルーダがイタリアの島(事実は1948年で滞在先はカプリ島。ロケはプロチーダ島)に滞在し、彼の家に(彼の家一件にだけ)郵便を配達する青年が主人公マリオという設定だ。ネルーダには美しい妻がいるが「二度ベルを鳴らす」なんぞを見ていると、つまらない邪推をしてしまう(そうは展開しないということである)。
ネタバレをしない程度(しかし、鋭い人には作品の展開はそれとなく分かるように)に読む人の興味をそそりたい文章を書きたいと思うのだが――要は実在したノーベル文学賞作家の詩人ネルーダと、ある島の――この話は架空の話なのである――郵便配達夫の青年の「隠喩(メタファー)」の交流と友情の物語(正に「物語り」)、一種のファンタジーである(僕は「ファンタジー」という言葉が嫌いであるが、この作品にはまさにその言葉がしっくりとくるのである)。
――詩人が人と交わることで人を詩人にし――詩人はまたその新しい詩人によって新しい詩の霊感を受ける――詩人であることとは、愛であり友情であり――詩は、総ての人の心である――といったような青くさいけれど、僕がずっと若い時から抱いていたのに似た思いが――いぶし銀のノワレのエンディングの――たった一人島の海岸に佇む、その眼の演技で、十全に伝わって来るのだ――
*(やや残念なのは、実際のノワレの登場時点ですぐに気づいてしまうのだが、ノワレは母語であるフランス語で台詞を喋っており、それがイタリア語に吹き返られているようだ)。
――本作の一番のクライマックスは――しかし――ネルーダが去った後の島でのマリオの変化にある――
――しかしここは伏せておこう――
僕はその一連の美しいシークエンスで――
微笑みながら――久し振りに、本当に久し振りに(映画を見ていないのだから当然のこんこんちきなのだが)「その場面の」映像に涙した――
いや、全体を通して何より必見なのは――ちょっとした台詞回しやさりげない手の動きに至るまで、全く希有の、島の素朴な青年が素のまま現れた自然体の演技をする――マリオ役のマッシモ・トロイージの奇蹟のような素晴らしさである!
マリオとベアトリーチェ――
*(彼女の名前が絶妙な伏線で、作品中、この名が文学・歴史好きには応えられない面白さを発揮する。また、演じるマリア・グラツィア・クチノッタの野性的な美しさには完全にノック・アウトされた。思わずネットで彼女の画像を検索してしまったことを告白する)
その二人の恋に老ネルーダが絡む――このシークエンスが最初のクライマックスだ。
本作は間違いなく極めて日本人好みする作品である。言うなら、「北の国から」であり、山田洋次であり(イタリア版寅さんCMが違和感がないのでもお分かりの通り)、「島」絡みで、正しく「ドクター・コトー」に通底すると言ってよい。
――則ち、分かり易いことなんだが――
――絶対的な悪人が誰一人として登場しない――
映画なんである。島の右派の顔役はさりげなくマリオとベアトリーチェの結婚を祝っている。しかし、本作は尚且つ、あり得ないファンタジーや「作り事」では、決して、ないのだ。――「島んちゅの心」――を知る人には、僕の言う意味が必ずや、分かって戴けるものと、思う。
*(なお、ネット上で本作をその政治的背景から読み解く映画評――エンディングのネルーダの眼に、沢山の左翼活動の中で命を落とした無名者に対する「革命の詩人」としての安泰の自己存在の「引け目」を読み取るという載道史観的読み――を見かけたが、僕は全くそういう感じ方をしなかったことを一言しておく。ここでは思想への情熱というコンセプトは、人の、詩や恋への情熱の、外的な表象の一つに過ぎないものとして、ある。最後の政治的な外的事実としての悲劇は、確かに哀しく涙を誘う。しかし、そこには決してプロパガンダは、ない。しかもその悲劇は本作の総体の感動に対して一抹の翳りさえも落としてはいないのである。ここではっきり言っておく。実在したネルーダから、この稀有に美しい本作を解析しようとする批評は、悉く失敗する、と僕は思うのである。)
……さて、今一つ、僕は不思議なことに気づいたのだ……僕は本作が何故、その頃の僕の印象や記憶に残っていないのかが、不思議でならなかったのである……
実際には調べると単館上映ながら大ヒットした、とある。単館上映か……しかし、「大ヒット」したのなら、既に映画に興味を失いつつあった僕の記憶にででも、題名ぐらいは残るはずだ……事実、本作はアカデミー賞5部門にノミネートされ(僕はオスカーを軽蔑しているが)、オリジナル作曲賞(ドラマ部門)を受賞し、1996年度キネマ旬報外国映画ベストテン第1位(キネ旬は白井義夫が編集長だった頃が花であった)、英国アカデミー賞外国語映画賞(これは「誉」。イギリス映画はとってもいいものが多い。「兵士トーマス」「長距離走者の孤独」……)及び権威なき1997年日本アカデミー外国作品賞受賞(ここに書くのもおぞましい)も貰ってはいるのだが……。
……何故だろう……何故、僕はこの素晴らしい映画を今日まで知らなかったのだろう……午後、頭をやってもらいながら、その疑問をクラちゃんにぶつけてみた。
*(調べてみると本作の本邦公開は1996年5月であった。これがヒントである。)
クラちゃんは目から鱗の、その謎解きをしてくれた。――
……前年の1995年1月17日に阪神淡路大震災、同年3月20日に地下鉄サリン事件が起きてるの……この二つの強烈な出来事が私たちの印象の中から、心和ませるものを吹き飛ばしてしまったの……だからね、私たちのその頃の記憶からは、映画だの何だという感動が……どこか欠落してしまっているのよ……。
……なるほど……そうだ……そうだったんだ……さすれば……さすればこそ、2011年3月11日を起点として東日本大震災と福島原発の致命的なカタストロフによって……将来、この2011年から2012年にかけての僕等の記憶というものも……そうなる、ことになるな……そうなる気が、確かにするよ、クラちゃん……僕は2011年のあの直後の、3月19日に母を亡くしてもいるからね……
閑話休題(いや、僕は以上の感懐を閑話とは、実に思ってはいない)。
――最後に述べておかねばならないことがある。
本作はイタリア・フランス・ベルギーの三ヶ国の製作になるイタリア映画で、監督はマイケル・ラドフォードであるが、主演のマッシモ・トロイージは脚本にも参加しており、彼はこの作品を撮りたくて撮りたくてたまらなかったのだという(クラちゃん言。彼は映画監督でもあった。)。
――この映画の最後には、何故か、このマッシモへの献辞がある――
――ウィキの「マッシモ・トロイージ」には、最後に、こう書かれている……彼はもともと心臓が悪く、「イル・ポスティーノ」制作時には即刻手術が必要な状態であったが、撮影を優先した……この映画の撮影終了から12時間後のこと……マッシモは……41歳の若さで亡くなった……と……
未見の方には安心して勧められる作品である。
*
最後に映し出されるネルーダの詩を掲げておこう――
*
私を探して詩が訪れた
冬か 河か
どこから来たか いつ来たのか分からない
声でも言葉でも静寂でもなかったが
私が呼ばれた道から
夜の四方に伸びた枝から
不意に
人から 火の中から
また ひとりになる時
顔のない私に それは触れた