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2012/04/10

宇野浩二 芥川龍之介 十四 ~(1)

     十四

 

 実をいうと、私は、こういう事を述べながら、とびとびには読んでいたけれど、芥川の小説は、(晩年のものは別として、)芥川の生きていた間は、あまり読まなかった、芥川の小説をそれほどすぐれているとは思わなかったからである。それは、どんな話でも、かならず一つの物語に仕上げ、その物に何〔なに〕かカラクリのようなものがあるのが気になったからである、そうして、時に巧妙な『傀儡師』のようにも思われたからである。

 しかし、たびたび云うが、たとえば、初期の作品の幾つかを読みかえしてみても、それほどすぐれた小説とは思われないのに、それぞれ心にくいほど旨〔うま〕いところがあるのに、私など、改めておどろかされる事がしばしばある、もっとも、これは、もとより、初期の作品だけではなく、芥川の小説のほとんど総〔すべ〕てについて云われる事であるが。こういう事をかんがえると、誠に妙な事をいうようであるが、私は、芥川の小説は芥川という人間よりもすぐれていたのではないか、というような事を、ふと、思うことがある。が、又、芥川の小説より芥川という人間の方がおもしろさに於いては、ずっとおもしろかった、とも思うのである。

 ところが、一般に、芥川の初期の作品に対して、簡単に、皮肉がある、とか、諷刺がある、とか、諧謔がある、とか、機智がある、とか、あるいは、「逆説的に人心の機微を穿っている、」とか、云われているけれど、(もっとも、そういうところはあるが、)私は、こんど、その初期の小説を幾つか読みなおしてみて、そういうものとは全〔まった〕くちがうものがある事に、気がついた。それは、例えば、その初期の作品のなかの代表作のように称せられている、『鼻』と『芋粥』の最後の、

 ――かうなれば、もう誰も哂〔わら〕ふものはないにちがひない。

 内供〔ないぐ〕は心の中でかう自分に囁いた。長い鼻をあけ方〔がた〕の秋風にぶらつかせながら。(『鼻』)

 

……晴れてはゐても、敦賀の朝は、身にしみるやうに、風が寒い。五位〔ごゐ〕は慌〔あわ〕てゝ、鼻をおさへると同時に銀〔しろがね〕の提〔ひさげ〕に向〔むか〕つて大きな嚔〔くさめ〕をした。(『芋粥』)

 私は、こんど、この二つの小説の最後のところを読んだ時、(ずっと前に、やはり、ここのところを引いたが、こんどは、)誇張して云えば、あけ方〔がた〕の秋風に長い鼻をぶらつかせている内供も、身にしみるような風の吹く正月の朝、芋粥が一斗〔と〕ぐらいはいっている銀の提にむかって、大きな嚔をする五位も、両方とも、芥川その人のような気がした。そうして、私は何〔なん〕ともいえぬ侘しい気がした。

 しかし、これは、私の思い過しであるとしても、といって、当時の二三の批評家が説〔と〕いたように、この二〔ふた〕つの小説が共に人生に対する幻滅をあらわしたものである、というような見方はありふれている。それより、この二つの作品は、ずっと前に述べたように、シングの『聖者の井戸』(“The Well of Saints”)と結構も主題(テエマ)もそっくりである、という見方〔みかた〕の方がおもしろいではないか、つまり、両方とも、結局、「理想は理想であるうちが尊い、」というようなテエマで書かれたものであるから。(なお、このシングの戯曲は、前に、『霊験』という題で翻案され、たしか、上演された事がある。)

[やぶちゃん注:「シングの『聖者の井戸』(“The Well of Saints”)」既出の「聖者の泉」(先には宇野は「井戸」ではなく「泉」と訳している)。「『霊験』という題で翻案」も既出。坪内逍遥作。]

 さて、テエマといえば、芥川の初期の作品には、(初期の小説ばかりでなく、)菊池の作品ほど現〔あらわ〕ではないけれど、それぞれ、テエマがある。しかも、そのテエマが、一〔ひ〕と捻〔ひね〕りも二〔ふた〕た捻りもされている上〔うえ〕に、機智縦横の才筆によって生〔い〕かしてある。つまり、芥川の小説は、題材が新奇であり、著想〔ちゃくそう〕が警抜であり、文章が絢爛であったから、すこし誇張していえば、類を絶していた。それで、こういう小説を矢つぎ早〔ばや〕に発表した芥川が、その頃、尋常茶飯の事を目立〔めだ〕たない文章で書いた自然主義風の小説にうんざりしていた文壇の人気を、一人〔ひとり〕で浚〔さら〕ってしまったような観のあったのは当然でもあったのである。

 ところで、話はかわるが、たとえば、『羅生門』の中〔なか〕で気がついた事を述べてみよう。(読者よ、これは、映画や芝居で、勝手に、しやあしゃあとして、『藪の中』や『偸盗』の中から、筋や人物を取って、筋をつくりかえ、あるいは、まったく別の物にして、外国に持ち出して見せたり、外国人に見せたり、している、あの、『羅生門』ではない。)

[やぶちゃん注:ここで宇野が黒澤明の映画「羅生門」をそれとなく唾棄すべきものとして批判している点に着目したい。]

 さて、『羅生門』は、一部の人か知っているように、『今昔物語』の巻二十九の『羅城門登上層見死人盗人語』[やぶちゃん注:底本では「らせいもんのうはこしにのぼりて、 しにんをみたるぬすびとのこと)と訓読するための返り点が附くが、省略した。]を本〔もと〕にして作〔つく〕ったものであるが、本〔もと〕は、唯、一人の盗賊が、京に上〔のぼ〕り、日の暮れるのを待つために、羅生門の楼上にあがって、たまたま、死人の髪の毛を抜く嫗〔おうな〕のいるのを見つけて、いきなり、死人の衣と嫗の衣と髪の毛を奪って、逃げ去った、というだけの話である。それを、芥川は、盗人を主人から隙〔ひま〕を出された下人〔げにん〕とし、その下人に、餓え死にをするか泥坊になるか、と途方にくれさせ、雨の降りしきる夕暮れに、塒〔ねぐら〕をもとめるために、羅生門の楼上にのぼらせ、その楼上で、幾つかの男女の死骸のころがっている中に、餓え死にしたくないばかりに、鬘にするために女の死骸の髪の毛を抜いている老婆を見出ださせる、そこで、下人がその罪つくりな事をなじると、生きて行くために仕方なくする業〔わざ〕だから、死人とて、「大方〔おほかた〕わしのする事も大目に見てくれるであろ、」と老婆が答える、これを聞くと、下人は、いきなり、老婆の襟上〔えりがみ〕をつかんで、「では、己〔おれ〕が引剝〔ひはぎ〕をしようと恨むまいな。己もそうしなければ、饑死をする体〔からだ〕なのだ、」と云いながら、その著物〔きもの〕を剥ぎとり、しがみつく老婆を死骸の上に蹴たおし、急な梯子をかけおり、「黒洞々たる夜」の闇のなかに、逃げ去ってしまう、という事にしている。

 これだけ見れば、(これは『羅生門』の筋を抜き書〔が〕きしたのであるが、)実にはっきりした(はっきりし過ぎた)テエマ小説である。それで、当時の或る批評家は、この小説を「生きんがためのエゴイズムの無慈悲」を刳り出したものである、と云い、「生きんがための悲哀を描〔えが〕いた」のである、などと評している。しかし、これは唯物論にかぶれた評論家と概念的な見方しか出来ない批評家の云うことであって、私などは、この小説をよんで、そういう考えは殆んど全〔まった〕く浮かばなかった。それから、作者は、この小説に、羅生門の楼上の惨〔むご〕たらしい光景や人間の修羅場などを描いたつもりであるかも知れないが、それは、文字(あるいは文章)にあらわれているだけで、肝腎の実感はほとんど出ていない。それは、芥川は、理智派とか新技巧主義とか称せられたように、一〔ひと〕つの小説を作るのに、まず、題材がきまると、それを、『あたま』(理解力と智慧)で丹念に組み立て、一字一句に凝った文章で、書く、そのために、文章が目立ちすぎて、書かれてある事が引き立たない場合〔ばあい〕がしばしばあるからである。たとえば、『羅生門』の中の、楼上の光景を述べた一部の、「その死骸は皆、それが、嘗〔かつて〕、生きてゐた人間だと云ふ事実さへ疑はれる程、土を捏ねて造つた人形のやうに、口を開〔あ〕いたり手を延ばしたりして、ごろごろ床〔ゆか〕の上にころがつてゐた」などという所は、顔をそむけたくなるような場面であるはずであり、老婆の顔を叙した一部の、「皺で、殆〔ほとんど〕、鼻と一〔ひと〕つになつた唇を、何〔なに〕か物でも嚙んでゐるやうに動かした。細い喉〔のど〕で、尖つた喉仏〔のどぼとけ〕が動いてゐるのが見える。その時、その喉から、鴉の啼くやうな声が……」いう所なども、かなり凄味が感じられる筈であるのに、両方とも、実感が迫〔せま〕ってこないのは、作者が、これらの事から遊離しているからである、題材と間隔をおいて描いているからである、題材だけに興味を持ち、それを現す文章に凝り固〔かた〕まり過ぎるからである、そうして、題材を身近に感じていないからである。(私は、僭越な云い方〔かた〕であるが、前に引用した、羅生門の楼上の死骸が床〔ゆか〕の上にころがっている光景を述べた中の「それが、嘗、生きてゐた人間だつたと云ふ事実さへ疑はれる程」という文句は、漱石の文章の影響が幾らかある、という事などは別として、不要である、と思うのである。)

[やぶちゃん注:この「羅生門」文体論は有象無象の同作評論よりも鋭い慧眼を備えたものである。]

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