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2012/04/03

ジョン・ミリングトン・シング著姉崎正見訳「アラン島」第四部 (17)

 老物語師は、鷲と戰つた男を歌つた長い吟唱曲を教へてくれた。それは少し不規則で曖昧な所はあるが、學者と一緒に飜譯した。

[やぶちゃん注:「學者」は既出のアラン島の人の中でも多少の教養を持った「郷土史研究家」の意。以下、底本では物語全体が一字下げである。]

 

     フェリムと鷲

 

 朝早く起きると、困つたことがあつたので、日曜のことだが、靴を穿いて「死者の谷」の中にあるティアニーへ行つた。其處で出建つた大きな鷲は、茨の積重ねのやうに眞黑く、いかめしさうに立つてゐた。

 

 私はそれに呼びかけた。やくざ者よ、馬鹿者よ【、】國で一番偉いならず者の、クラン・クリオパス族の女と馬鹿者の間に生れた息子よ。私の一番よく啼く可愛い牡雞を盜んだお前に、此の呪と私の七つの呪がかかり、好い運には決して逢はないだらうと。

 

 

【鷲】「お前の氣が確かなら、私に餘りひどい呪をかけてはならぬ。私は誓つて、お前から家賃を決して取らぬ。燒鳩の小屋に、お前が何を貯めようとも、私は羨まぬ。お前のやうな者は商賣人には打つてつけだ。

 

【鷲】「だが、家へ行つてノラに聞いてごらん。雞の頭をゆでてゐた若い女の名は何と云ふかと。その肋の羽は竃で燒かれた。そして皆食つちやつたが、そんなに有難くは思つてはゐないよ。」

 

【フェリム】「お前は嘘つきだ、泥棒だ。皆んなそんなうまい物を食つて、きつと有難からずには居られない。お前はそれを昨日食つたと、ノラが云つたぞ。そしてお前は、私が税を取る迄で、收穫の四分の一も使はないのだらう。」

 

【鷲】「私はフィアンナに失戀するまではよい男の子であつた。泥棒なんかする事は少しも考へず、始終手品をしたり、ゴル・マック・モルナと力競べをして遊んだりした。そして一生の終りに、お前は私をならず者にしてしまつた。」

 

【フェリム】「一つの函の、底深く祕めて、私は祖先の本の一部を持つてゐる。それを讀む度毎に、涙が流れ出る。由緒をしらべてわかつたが、假令お前は喧譁が好きで感謝するのが常であつても、お前はダルグ・モールの子孫なのだ。」

 

 鷲は武具と衣服つけて、美しく裝ひ、手には選りすぐつて一番よく切れる劍を持つた。私は大鎌を手に、身にはシャツのほかなんにも着ず、二人は互ひにその日の朝早く出かけて行つた。

 

 私たちは、山の狹間や谷間を切り分け進みながら、二人の巨人のやうだつた。暫く、どちらが偉いともわからず、私たちは取り組んで、互ひにひしめき合ひする物音は、日が暮れて、彼が仕方なく止めるまで聞こえてゐた。

 

 翌朝、私は決鬪の挑戰狀を書き、夜明けの頃に間違ひなく戰ふやうに行くと、云つてやつた。彼に與へた第二の拳で顎の骨を打ちたたき、彼は斃れて氣が付かなくなつたのは噓ぢやない。

 

 鷲は起き上がり、私の手を取つて「お前は一生の中で逢つた一番偉い男だ。さあ、家へ行け、御機嫌よう、さらばだ。お前一人で、永遠に、愛蘭土の名譽を救つたのだ。」

 

 ああ! 皆さん、フェリムの偉さと強さを聞きましたか? どんな大きな猛獸でも、彼が第二の拳を加へて顎を打てば、それはまる二日間、起【き】上れなかつたものだ。

 

[やぶちゃん注:前半部で話者が今一つ分かり難いので【 】で補った。]

 

 

PHELIM AND THE EAGLE

 

On my getting up in the morning

And I bothered, on a Sunday,

I put my brogues on me,

And I going to Tierny

In the Glen of the Dead People.

It is there the big eagle fell in with me,

He like a black stack of turf sitting up stately.

 

I called him a lout and a fool,

The son of a female and a fool,

Of the race of the Clan Cleopas, the biggest rogues in the land.

That and my seven curses

And never a good day to be on you,

Who stole my little cock from me that could crow the sweetest.

 

'Keep your wits right in you

And don't curse me too greatly,

By my strength and my oath

I never took rent of you,

I didn't grudge what you would have to spare

In the house of the burnt pigeons,

It is always useful you were to men of business.

 

'But get off home

And ask Nora

What name was on the young woman that scalded his head.

The feathers there were on his ribs

Are burnt on the hearth,

And they eat him and they taking and it wasn't much were thankful.'

 

'You are a liar, you stealer,

They did not eat him, and they're taking

Nor a taste of the sort without being thankful,

You took him yesterday

As Nora told me,

And the harvest quarter will not be spent till I take a tax of you.'

 

'Before I lost the Fianna

It was a fine boy I was,

It was not about thieving was my knowledge,

But always putting spells,

Playing games and matches with the strength of Gol MacMorna,

And you are making me a rogue

At the end of my life.'

 

'There is a part of my father's books with me,

Keeping in the bottom of a box,

And when I read them the tears fall down from me.

But I found out in history

That you are a son of the Dearg Mor,

If it is fighting you want and you won't be thankful.'

 

The Eagle dressed his bravery

With his share of arms and his clothes,

He had the sword that was the sharpest

Could be got anywhere.

I and my scythe with me,

And nothing on but my shirt,

We went at each other early in the day.

 

We were as two giants

Ploughing in a valley in a glen of the mountains.

We did not know for the while which was the better man.

You could hear the shakes that were on our arms under each other,

From that till the sunset,

Till it was forced on him to give up.

 

I wrote a 'challenge boxail' to him

On the morning of the next day,

To come till we would fight without doubt at the dawn of the day.

The second fist I drew on him I struck him on the hone of his jaw,

He fell, and it is no lie there was a cloud in his head.

 

The Eagle stood up,

He took the end of my hand:--

'You are the finest man I ever saw in my life,

Go off home, my blessing will be on you for ever,

You have saved the fame of Eire for yourself till the Day of the Judgment.'

 

Ah! neighbors, did you hear

The goodness and power of Felim?

The biggest wild beast you could get,

The second fist he drew on it

He struck it on the jaw,

It fell, and it did not rise

Till the end of two days.

 

[やぶちゃん注:原文はご覧のように、分かち書きになっている。「鷲」と「雞」と「鳩」――この伝承は鳥が絡む。直前にインサートされた話にも「冠烏」が出る――シングの書き方はその構成が実は美事に計算されて、澱みなく有機的に文章が続くことに注目したい。

『「死者の谷」の中にあるティアニー』不詳。

「クレオパス」“Cleopas”不詳。新約聖書にイエス・キリストが復活した日の午後、エマオの途上でイエスに出逢った二人の弟子のうちの一人の名前として登場するが、侮蔑の文句の中にあるので無関係か。

「燒鳩の小屋」原文“the house of the burnt pigeons”。中国をはじめ、フランス・イタリア・エジプトでは通常の料理として今でもハトの丸焼きやハト料理がある(丸焼きではないが私もイタリアで食した)。イギリスでも18世紀頃までは普通に食されていた。さすれば、これはフェリムの家(自営業)は鳩の丸焼き食わせる焼き鳥屋であることを意味している。

「燒鳩の小屋に、お前が何を貯めようとも、私は羨まぬ。」“I didn't grudge what you would have to spareIn the house of the burnt pigeons,”という部分、“spare”が分からない。これを姉崎氏は「惜しんで使わない」「節約する」から、金品か何かを「小屋」(店)の中にこっそり溜め込んでいる(家賃も払わないくせに)、という意味で捉えられたようであるが、これは寧ろ、次で「お前のやうな者は商賣人には打つてつけだ」と揶揄するところを見れば、鳩の丸焼き食わせる焼き鳥屋でありながら、実は鳩を「惜しんで使わない」、鳩「なしで済ませ」ている、羊頭狗肉的な皮肉を言っているようにも取れる。そう言えば、前段のフェリムの鷲への非難に出て来るのは「鳩」ではなく、「牡雞」である。するとフェリムは鳩頭鶏肉であったということか? そうすると次の段落の不可解さも少し腑に落ちる。ハトとは真っ赤な偽りで、ニワトリを縊り、頭はこっそりゆで汁にでもし、ばれたら困るニワトリの羽は悉く爐で灰にしている、という訳である。栩木氏もほぼそうした羊頭狗肉的ニュアンスで訳しておられるが、最終行は姉崎氏の「お前のやうな者は商賣人には打つてつけだ」という訳とは全く異なっている。当該書をお読みになられたい。

「そしてお前は、私が税を取る迄で、收穫の四分の一も使はないのだらう。」これもまた、ノストラダムスの大予言並の難解さである。原文は“And the harvest quarter will not be spent till I take a tax of you.'”で、“harvest”は古語廃語で方言の収穫の「秋」で、その一年の1/4の四季支払い期の一つ“harvest quarter”を指していないか? 更に、それを消費させない、というのはそこまで待たないでという意味ではないか? そうして“tax”は税ではなく、口語の「代金」であり、全体で「お前には(鷲)には四季支払い期で、次に迫っている秋の代金請求(が終わる)その時よりも前までに、きっときっちり(お前盗んだ雄鶏の代金を)請求するぞ!」という意味ではあるまいか? 栩木氏の訳もほぼそうしたコンセプトである。

「私はフィアンナに失戀するまではよい男の子であつた。」原文“'Before I lost the FiannaIt was a fine boy I was,”。この“Fianna”は女性の名ではなく、アイルランドの神話フェニアンサイクルに登場する英雄フィン・マックールが率いるフィアナ騎士団のことである。従って姉崎氏の“lost”「失戀」というのも正しくなく、その壮大にして複雑なフェニアン・サイクル神話の最後にフィアナ騎士団が壊滅させられることを指すものと思われる。私自身、この注を附すまで全く知らない神話であったが、ここは従って「私はフィアナ騎士団が亡ぼされるまでは/一個の見目麗しい少年であったのに」という意味であろう。則ち、この老いた荒鷲はかつて伝説中のフィアナ騎士団の騎士の一人であったということであろう。栩木氏が文字通り、正にぴったりくる「若鷲」と訳しておられるのは絶妙である。

「ゴル・マック・モルナ」“Gol MacMorna”。勇者にしてフィアナ騎士団の元団長。後に団長となる英雄フィン・マックールの父は彼に殺されており、宿敵であったが、紆余曲折を経てフィンの配下となった(一説には決闘によって倒したとも)。その辺りの経緯は、参照したウィキの「フィン・マックール」を読まれたい。

「泥棒なんかする事は少しも考へず、始終手品をしたり、ゴル・マック・モルナと力競べをして遊んだりした。そして一生の終りに、お前は私をならず者にしてしまつた。」“It was not about thieving was my knowledge,But always putting spells,Playing games and matches with the strength of Gol MacMorna,And you are making me a rogueAt the end of my life.'”。“my knowledge” 「私の智」「私の能力」は前後に関わる。だから“Playing games”を「手品をしたり」とするのはいただけない。“game”と“match”が対になっているから、その頃の彼(騎士であった頃の「鷲」)は、一人でする勇壮な“game”「狩り」と、例えば最強の力持ちであった勇者ゴル・マック・モルナを相手に互角に「力競べを」する(レスリングや武術試合をする)のが彼の能力発揮の専ら、日常であったと言うのである。そんな孤高にして高潔な過去世を持つ「私を」、「お前は」この期に至って、冤罪である雄鶏の盗人として誹謗中傷し、あろうことか今まさにこの「一生の終りに」、「ならず者」扱いにしやがった、と「鷲」は逆切れしているのである。ここでも栩木氏の訳は絶好調で、「鷲」一人称を「ワシ」(儂)と訳されており、いい感じだ。

「祖先の本の一部」“a part of my father's books”はアイルランド神話が書かれた史伝類のことであろう。ここでそれが「一つの函の、底深く祕めて」(家宝として筐底深く大切にされてきた)事実、「それを讀む度毎に」、フェリムの目から「涙が流れ出る」という事実から、ここでは「鷲」「の由緒」ばかりではなく、フェルムの先祖自身も正当なフェニアン・サイクル神話の中の重要な登場人物であることが分かる。

「假令お前は喧譁が好きで感謝するのが常であつても、お前はダルグ・モールの子孫なのだ。」“That you are a son of the Dearg Mor,If it is fighting you want and you won't be thankful.'”。「ダルグ・モール」不詳。意味はゲール語で「赤い巨人」である。このフェルムの謂いからはアイルランド古神話に登場する悪役・裏切り者であり、最後には敗者となる人物であろうと思われる。スコットランドの高山に“Carn Mor Dearg Arete”カーン・モア・ジェレック・アレートと呼ばれる馬蹄形の稜線を持った山があるが、これはこの「赤い巨人」が住んだか化したものということか。最終行は「假令お前は喧譁が好きで感謝するのが常であつても、」とあるが、ここは「喧譁が好きで感謝する」と順接で続けたのでは意味が取れない。「鷲よ、意気高々にお前が私に真剣勝負を望んだとしても、しかしな、最後にゃ負けるんだ――これはフェルムの自己肥大や嚇しというより、私(やぶちゃん)には、それが恐らくダルグ・モールの運命の神話上の約束事なのではないかと思う――そうして貴様は、私の前に斃れ這いつくばって、必ずや、感謝の祈りをせざるを得なくなるのさ。」といった意味であろう。どこで「鷲」が「人型」になるのかは、意見の分かれるところであろうが、この次の段からは「鷲」も人型となり、フェルムも巨大化してウルトラ・ファイト(ウルトラ・シリーズの申し子である私は、あの番組は大嫌いである)の様相を呈する。初めっから人型であったとしても文脈上はおかしくはない。但し、私は冒頭に述べた通り、最初は鳥類の「ワシ」でないと、神話的叙事の面白味が半減するように思う。

「二人は互ひにその日の朝早く出かけて行つた。」“We went at each other early in the day.”。翌朝、それぞれが果し合いの場に出向いて互いに対峙した、の意。

「日が暮れて、彼が仕方なく止めるまで聞こえてゐた。」“From that till the sunset,Till it was forced on him to give up.”は、「日が暮れて」暗くなって互いに相手が見えなくなって「仕方なく止め」た、という意味であるが、栩木氏の訳では、相手は鷲だから『鳥目』で、夜は戦えないという設定で訳されており、実に味な訳である。

「彼は斃れて氣が付かなくなつたのは噓ぢやない。」“He fell, and it is no lie there was a cloud in his head.”であるから、「噓じゃないぜ――暫くの間、鷲は仰向けになったまま、立ち上がることが出来なくなって、彼の頭(顔面)の上を雲が流れてゆくばかりだったのさ。」といった感じか。

「お前一人で、永遠に、愛蘭土の名譽を救つたのだ。」原文は“You have saved the fame of Eire for yourself till the Day of the Judgment.”で省略がある。フェルムは古神「鷲」をうち倒した。負けた「鷲」がそれを言祝(ことほ)ぐ。新約聖書の「ヨハネの黙示録」に記された「最後の審判が下るその日まで、お前はたった一人でアイルランドの名誉を救った/救う/救うであろう男である。」という預言の祝福である。]

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