ジョン・ミリングトン・シング著姉崎正見訳「アラン島」第四部 (15)
朝の間は、岩の上で逢つた子供と、くじやく羊齒を掘つてゐた。その子供は一週間前、心臟麻痺で父親を急に亡くしたので、大へん悲しんでゐた。
「世界中の金に代へても、父を亡くなしたくなかつたよ。」彼は云つた。「家は今、大へん淋しく、賴りなくなつちやつた。」
それから海軍の火夫をしてる一人の兄が、父親の死ぬ少し前に歸つて來て、立派な葬式を出して、澤山の酒を飮んだり、煙草を吸つたりしたので、金を皆使つてしまつたと話した。
「兄は世界中を廻つてね、」彼は云つた。「大そう珍らしい物を見たんだよ。イタリーから來た人や、スペインから來た人や、ポルトガルから來た人のことを話したよ。彼等の話す言葉は英語ではなくて――愛蘭土語みたいな言葉ださうだ。時時わかる言葉がある位だが。」
私たちは岩の深い裂け目だけにある羊齒の根を充分澤山掘り出した時、私はその友達に幾ペンスかを與へて、家へ送り歸した。
*
All
the morning I have been digging maidenhair ferns with a boy I met on the rocks,
who was in great sorrow because his father died suddenly a week ago of a pain
in his heart.
'We
wouldn't have chosen to lose our father for all the gold there is in the
world,' he said, 'and it's great loneliness and sorrow there is in the house
now.'
Then
he told me that a brother of his who is a stoker in the Navy had come home a
little while before his father died, and that he had spent all his money in
having a fine funeral, with plenty of drink at it, and tobacco.
'My
brother has been a long way in the world,' he said, 'and seen great wonders. He
does be telling us of the people that do come out to them from Italy, and
Spain, and Portugal, and that it is a sort of Irish they do be talking--not
English at all--though it is only a word here and there you'd understand.'
When
we had dug out enough of roots from the deep crannies in the rocks where they
are only to be found, I gave my companion a few pence, and sent him back to his
cottage.
[やぶちゃん注:原文では、次に行空きがなく繋がっているが、分けた。私は個人的に、伝承歌謡採取の狭間に挿入された、この手に取るような原色の映像のシークエンス(炉辺物語の語り映像部分が視覚に暗いだけに)がたまらなく好きだ。タルコフスキイの「鏡」のワン・シークエンスのようではないか。
「くじやく羊齒」“maidenhair ferns”。シダ植物門シダ綱シダ目ホウライシダ科ホウライシダ属クジャクシダ Adiantum pedatum 。若葉は赤みを帯びるが、夏季に緑色となり、冬季に枯れる。和名の由来は、羽状の複葉になった枝を扇のように広げ、それがクジャクの尾羽を連想させることによる。英名“maidenhair”は「オトメノクロカミシダ(乙女の黒髪羊歯)」である。ここでは根を掘っているが、Siro Kurita氏のHP「草と木と花の博物誌」の「シダの民族植物誌」の「クジャクシダ」の項に、『この孔雀が尾羽を広げたような美しいシダはヒマラヤから極東アジアを経て北アメリカまで分布している。インド・ネパール・中国での薬用の報告はないが、日本ではアイヌの人たちが葉を揉んで止血に使ったという。北アメリカでは原住民の多くの部族がこのシダを薬用している。例えば、ノースカロナイヤ州やジョージア州のチェロキー(Cherokee)は根茎の煎じ汁をリュウマチの腫れや痛みを和らげるために手で暖めて刷り込んだり、全草の絞り汁を悪寒を伴う発熱が出たときに嘔吐剤として飲ませる。また、喘息病みには葉を粉にして嗅ぎタバコのように鼻から吸い込むと効くという。ウイスコンシン州のメノミニー(Menominee)は赤痢の際の下痢止めや婦人病に根茎の煎じ汁を使う。東海岸沿いに居住するイロコイ(Iroquoi)は煎じ汁を肝臓病に、蛇にかまれたときには葉を叩いて潰したものを傷口に湿布する』。『数万年前、ベーリング海峡を渡って北アメリカに移住していった当時のモンゴロイドたちがすでに知っていた医療の知恵だったのだろう』とある。ここでの採取も私は薬用(の商品原料)と見た(特に先にシングはアランにリューマチが多いことを記してもいる)。もし、これが自家製の自宅用の薬用ではなく、薬用商品の原料であるなら、きっと本土からきた商人に言い値で安く叩かれて、二束三文の代金を貰うのではないか――私はかつて中国の安徽省の山里の青年からもっと悲しい実体験を聞いたことがあるから――と思うと、何だかあやしくものぐるほしくもなってくるのである。]
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