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2012/04/09

ジョン・ミリングトン・シング著姉崎正見訳「アラン島」 訳者あとがき及び復刊の辞

[やぶちゃん注:以下、底本岩波文庫の最後に附された訳者姉崎正見氏の「あとがき」及び「復刊にあたりて」を添えて終わりとする。]

 

     あとがき

 

 愛蘭土の劇作者ジョン・ミリングトン・シング(John Millington Synge, 18711904)は劇作のほかに、幾つかの散文の作品を殘してゐる。それ等は主に愛蘭土の諸地方を旅行して書いた紀行乃至隨筆であるが、その中でも此の「アラン島」(The Aran Islands)は比較的初期のもので、彼の生涯に於ける重要な轉換期に書かれたといふ點に於いて、また書かれた土地が歐洲の西端にある孤島として近代文化からかけ離れた特殊な風俗人情を持つてゐるといふ點に於いて興味あるスケツチとして珍重される。

 彼がアラン島に來たのは先輩イェーツの同情的な勸告に從つたと云はれるが、愛蘭土の一方言ゲール語を習ふこともまた一つの目的であつた。一八九八年五月彼がアランの一島アランモアに來て島民たちと寢食を共にする生活にはひつてみると、その荒涼たる岩石から成る島の間に營まれてゐる彼等の生活の中には、古代ゲール族から殘されて來たと思はれる純樸な風俗、剛健な氣風、古い傳説や迷信などがあるのを發見した。比の發見は又一面に於いて彼自身の藝術的才能の素地を發見したとも云へるので、その後、彼が劇を作るに當つて此のアラン滯在中に得た見聞が如何に役立つたかは、その劇、例へば The Shadow of the Glen Rider to the Sea 等の中の插話や事件や登場人物までも「アラン島」中の隨所に認められるに依つても明かである。

 此の旅行記は全體が四部から出來てゐるが、第一部は最初の滯在、即ち一八九八年の滯在の時の事を、第二部はその翌年、第三部は又その翌年、第四部はそれから更に一年置いて一九〇二年の滯在の時を書いたものである。そして各部は一年乃至三年の後、何れ愛蘭土や英國の雜誌に寄稿され、一九〇七年に一册にまとめられて「アラン島」と題して出版された。

 原文中、島民の會話には所謂アングロ・アイリッシュが多く使つてあるが、私は強ひてそれを是の日本の特定地方の方言に寫て表現して見るやうなことをせず、普通の口語に譯するに止めた。殊に民話には背景に傳説が含まれてゐると思はれるものがあるが、それを精細に調べるのは私の力の及ぶ所でなかつたのでそのまま散文體にした所もある。讀者の寛恕を乞ふ。

 また此の譯を爲すに當つて、野上豐一郎先生の御世話になり、ゲール語は市河三喜博士、特に勝田孝興氏の御助力を仰いだ事を附記して、此處に感謝の意を表する次第である。

   昭和十一年十月       譯 者

 

[やぶちゃん注:「市河三喜」(いちかわさんき 明治191886)年~昭和451970)年)は英語学者。東京帝國大学名誉教授。日本英語学の祖と呼ばれる。

「勝田孝興」(かったたかおき 明治191886)年~昭和511976)年)はアイルランド文学者・語学者。東京帝国大学英文科卒業後、1925年より二年間、文部省から推薦されてアイルランドに留学、後、旧制神奈川県立横須賀中学校(現在の横須賀高等学校であるから、同県の高校教師であった私にとっては先輩に当たる)教諭や旧制山形高等学校(現在の山形大学)の各教授を経て同志社大学教授、戦後は滋賀大学教授、大阪工業大学教授となった。アイルランド文芸復興運動に関わる演劇及びアングロ・アイリッシュの発音に関する研究を専門とした(以上はウィキの「勝田孝興」に基づく)。]

 

 

 

   復刊にあたりて

 

 久しく絶版になつていた本書は、戰爭後再び世に現はれた。丁度、今年はシングの死後五十年に當るのも、何かの意義があるような氣がする。

 此版で内容は少しも改訂はしなかつた。序文の「アラン島について」の野上先生の文もそのまま載せて頂いた。今は亡き先生の本書に對する御好意の記念として。

   昭和三十四年四月廿二日   譯 者

 

[やぶちゃん最終注:本テクストへの注釈に当たっては、元同僚の英語教師や海外で活躍する元教え子の協力を得た。ここに挙げて感謝の意を表する。……さて、私が底本とした私の所持する岩波文庫版の最後のページの下に、私は本書を買った日附を記している。それは「1979.7.3.」である。私が神奈川県の高等学校教員になって丁度三ヶ月後の夏、私はこの本に出逢ったのであった……

……その頃、私はいまだ22歳であった……

……そして、妻と一緒に44歳の私はアラン島へ行った……

……さても、本書入手の33年の後に……

……まさか、野に下った55歳の私が……

……この姉崎正見氏訳「アラン島」を英語の原文と暴虎馮河のオリジナル注を附して全世界に発信しようなんどとは……

……想像だにし得なかった……

――姉崎先生、心より、ありがとう御座いました。――

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