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2012/04/05

宇野浩二 芥川龍之介 十一 ~(1)

     十一

 この章では、まず、さきの章のおわりに、芥川が、道をあるきながら、いきなり、私に、「君、小亀をやろうか、」と云った事を書いたが、あれではまったく言葉がたりないので、あのような事を云った時分の芥川の事から、述べよう、と思っていた。
 ところが、私が、これまで、小穴が、「事露顕〔ことあらは〕れて、事を決するよりも、未然に自決してしまひたい、といふ考へであつた。本〔もと〕をS女史との唯一度それも七年前の情事に帰して。――」と書いたり、「〇〇〇子(S女史)それは昔、彼が彼女に一座の人々を紹介し僕をも紹介してゐたときに、順々にお時儀〔じぎ〕をしてゐながらに何故〔なぜ〕か『わたし小穴さんには態〔わざ〕とお時儀をしないの、』と、人に聞えぬ程の小声をもつて、笑ひをみせながら僕の顔を顧〔かへ〕りみてゐた婦人である。大正十二年以前のことであつて、自分が、『こいつ、なにかあるな、』と考へてゐた女性であつた、」と書いたり、「Sは、果〔はた〕して彼のいふが如き女であるのか?――××との唯一度の〇〇のためにのみ、彼が婆婆苦を嘗めてゐたのであらうか、」と書いたり、「Sの子は、芥川龍之介の子である。――この疑問を、この僕が抱く、」と書いたり、している『女』を、ほかの事うるさい程くどくどと述べながら、あの重大な女の事だけを、筆を惜しむように、ぼかすように書いているのは、どういう訳であるか、怪〔けし〕からぬではないか、というような意味の苦情が、数多くの人から、くるのである、しかも、その中〔なか〕には、知名の文学者まであるのである。それで、本文にかかる前に、その謎の女について、述べる事にしたのである。
 私がこの女を『謎の女』と書くのは、思わせぶりでもなく、隠すつもりでもなく、芥川をめぐる女(と思われている女)は一〔ひと〕通〔とお〕り知っている筈であるのに、この女の事だけは、私は、殆んどまったく知らないからである。もっとも、さきに引いた小穴の「わたし小穴さんにはお時儀をしないの」という云い方〔かた〕はあの女そっくりである、とか、廣津の『彼女』という小説のなかの「ああしてあれからあの人たちと珈琲を飲んだつて退屈でせう。――誰も気がつかないうちに撒〔ま〕いてやるの愉快ね」という言葉など、なるほどあの女の云いそうな事だ、とか、いう事ぐらいなら、私も、知っている。
 ところで、久米正雄が、『月光の女』という小説のなかで、「また考へやうに依ると、彼(つまり、芥川)をめぐる此の女たちに就いては、想像を逞しう出来るだけに、多少の過誤を招く恐れもある。弘津平郎[註―廣津のこと]でさへ、その近頃の小説『彼女』の中に、その、女主人公を、まちがへて、『月光の女』と錯覚した如きである、」と述べている。
 ところが、滝井孝作が、また、『純潔』と言う小説の中で、この女の事を、書いているが、その中に、小穴の話として、「彼女(つまり、その女)は芥川に関係した上で、南部修太郎とくつついたんだ、芥川が先きで南部の方が後〔あと〕なんだ、それで南部修太郎の女を芥川が知らずに奪〔と〕つた場合は、まだしも我慢できたらうが、南部に見変へられたわけで、芥川のあの性格では南部ごときに頸根〔くびね〕ツ子を押へられた形では、南部に急所を摑まれてゐて始終〔しじゆう〕頭〔あたま〕が上〔あが〕らないと考へると、芥川も立つ瀨がなかつたらうナ、ああいふ性格の人だから、それで世を果〔はか〕なむ気持ちが出たのだらうナ、」と書いている。
[やぶちゃん注:「しじゆう」のルビはママ。]
 しかし、この話は、すでに、小穴の文章の中〔なか〕にも書いてあるので、多くの人に、知られているが、私は、滝井が、その後〔あと〕に、大正九年頃、菊池の芝居か何〔なに〕かの総見で新富座に行った時、幕間〔まくあい〕に、大ぜいが休憩室に集まった時、その窓際で、「花形作家の芥川と女流歌人のS夫人と両人が、皆の方に向いて佇〔たたず〕んで、その時両人が見交〔みかは〕した視線が、視線の交叉だけで何〔なに〕か語つてゐたから、私は不図〔ふと〕見かけて、男と女とが視線だけで話ができるのは只〔ただ〕ではないから、何〔なん〕ださうなのか、とハッキリ分つてしまつた。彼女は皮膚のうすい頰の血色もすきとほつて、きれ長の眼〔め〕して粋〔いき〕づくり、当世向きの美しいひとらしく、我鬼窟の書斎にもきて、私は両人の秘事を知らん顔したが、我鬼山人は気づかれたと知つてゐて、然〔さ〕りげなく私に向いて、君は口止めされるやうな事柄は決して他人に口外しない口の固い所があるがその口の固い所も君の特徴だネ、とさりげなく口止めの釘を刺〔さ〕されたりして、……」と書いているところに、感心した。滝井は、「口止めの釘を刺された」と書いているが、こう書いて、芥川の一ばん痛いところを突いているからでもある。
 しかし、芥川には隙だらけのところもあったので、滝井ほどの観察眼があれば、このくらいの事を書くのは、『お茶の子さいさい』であろうが、その次ぎの、それから十年ほど後に、(むろん芥川の死後、)南部修太郎の通夜の席で、その女に逢った時の事を、滝井が、「彼女は厚化粧して出てきて、大勢〔おほぜい〕居並〔ゐなら〕んだ所に割り込んで坐つたが、私の方みてしたしげにお時宜して、私はしたしげにされるおぼえもなく、十何年ぶりで見かけたが、彼女の醜聞も皆に知れわたつてゐる筈だが、通夜の座敷に、その四十ばばあが厚化粧して現れた様は、阿呆の広告の恰好で、亦横著者〔わうちやくもの〕にも見えた。で、今更に、曾〔か〕つての若き我鬼山人[註―大正九年といえば、芥川は二十九だ]も、南部の坊〔ぼつ〕ちやんも、とんだ痴者〔しれもの〕に引懸〔ひつかか〕つたものだと分つた。とんだ痴者だから魅力が多かつたかもしれないが。……」と書いているところを読んで、私は、頭〔あたま〕をさげた、芥川は、滝井の師事した人であり、南部は、滝井の親友の一人〔ひとり〕であったからでもあるが、この女の描写は、私などとうてい及ばない、深刻さがあるからである、さすがに、志賀直哉の手法を学〔まな〕んだだけの人である、と思ったからである。ところで、『深刻』とは、文字どおり、「ふかく彫〔ほ〕りつける」という意味もあるが、「極めてむごい」という意味もある。そうして、この滝井の描写ほ、ふかく彫〔ほ〕りつけてもあるが、少〔すこ〕しむごいようなところもある。私は、私自身の好みでいえば、こういう女は大へんキライであるが、作家として見れば、こういう女が、芥川のなくなった時に弔問〔ちょうもん〕したり、南部が急死すると其の通夜に出たり、するところの心根〔こころね〕というようなことを、こういう女を主人公にして、こういう女の気もちを、書いてみたら、などと思うのである。
 さて、私は、前の章の終りの方で、小穴の文章(『二つの絵』)の中に善かれている、四人の女のなかで、「K夫人だけは私に見当がつかない、」と述べたが、そのK夫人を、仮りに、(まったく、仮に、である、)岡本かの子とすれば、岡本かの子の、はっきり芥川を題材につかった、『鶴は病みき』のなかにも、この女の事が書かれている事を、思い出した。[やぶちゃん注:この「K夫人」は先の注で私が述べ、宇野自身が後に訂正するように、片山廣子であって、岡本かの子ではない。]これは、私の臆測であるが、岩野泡鳴が主催した、十日会で、かの子が、この女を見た時の事を、書いたものである。ここでは、この女は、Ⅹ夫人となっている。そうして、この女は、この小説のなかでは、「麻川氏[註―芥川のこと]の傍に嬌然としてゐるⅩ夫人を見出〔みいだ〕した。そして麻川氏がⅩ夫人に対する態度を何気なく見てゐると、葉子[註―岡本かの子らしい人]はだんだん不愉快になつて来た。麻川氏はⅩ夫人に向つてお客が芸者に対するやうな態度をとり始めた、」とか、「Ⅹ夫人はかねてから文人たちの会合等に一種の遊興的気分を撒〔ま〕いて歩〔ある〕く有閑夫人だつた、」とか、「しかし、現在見るところのⅩ夫人は葉子の目にも全く美しかつた。デリケイトな顔立ちのつくりに似合ふ浅い頭髪のウェエヴ、しなやかな肩に質のこまかな縮緬の著物と羽織を調和させ、細く長目に引いた眉をやや上〔あ〕げて嬌然としてゐるⅩ夫人――だが、葉子はⅩ夫人のつい先日〔せんじつ〕迄〔まで〕を知つてゐた。黄色い皮膚、薄い下〔さが〕り眉毛、今はもとの眉毛を剃〔す〕つたあとに墨で美しく引いた眉毛の下のすこし腫〔はれ〕ぼつたい瞼〔まぶた〕の目であつた。今こそウェエヴの額髪で隠れてゐるが、ほんたうはこの間までまるだしの抜け上つたおかみさん[やぶちゃん注:「おかみさん」に「ヽ」の傍点。]額がその下にかくれてゐる筈だ、」とか、「それにもかかはらず麻川氏が変貌以後のⅩ夫人に、葉子より先〔さき〕に葉子の欠席した前回のこの会で逢ひ、それが麻川氏とⅩ夫人との初対面であつたためか、ひどくこの夫人の美貌を激賞したといふことが、文壇の或る方面で喧しく、今日も麻川氏はこの夫人を見るために、この会へ来たとさへ、菓子の耳のあたりの誰彼〔たれかれ〕が囁き合つてゐる。葉子の女性の幼稚な英雄崇拝観念が、自分の肯〔がへ〕んじ切れない対象に自分の尊敬する芸術家が、その審美眼を誤つてゐる、といふもどかしさで不愉快になつたのだ、」とか、書かれている。これらの言葉は、女が女を見た意地悪〔いじわる〕に充ち満ちている。これらの言葉は、作家の目で見たものではなく、浅はかな女の心で見たものである。されば、これらの言葉を虚心で読めば、読む人には、葉子の方が傲慢に見え、X夫人の方が、かえって、しおらしく、いじらしく、思われる。それはそれとして、これまで引いた文章をよむと、どの文章でも、この女は、わるく云われ、いじめられている。そうして、芥川は、『或阿呆の一生』のなかで、つぎのよう書いている。

 二台の人力車は人気〔ひとけ〕のない曇天の田舎道を走つて行つた。その道の海に向〔むか〕つてゐることは潮風〔しほかぜ〕の来〔く〕るのでも明らかだつた。後〔あと〕の人力車に乗つてゐた彼は少しもこのランデ・ブウに興味のないことを怪みながら、彼自身をここへ導いたものの何であるかを考へてゐた。それは決して恋愛ではなかつた。若〔も〕し恋愛でないとすれば、――彼はこの答〔こたへ〕を避ける為〔ため〕に「兎に角我等〔われら〕は対等だ」と考へない訣には行かなかつた。
「もうどうにも仕〔し〕かたはない。」
 彼はもうこの狂人の娘に、――動物的本能ばかり強い彼女に或〔ある〕憎悪〔ぞうを〕を感じてゐた。
 二台の人力車はその間に磯臭〔いそくさ〕い墓地の外〔そと〕へ通〔とほ〕かかつた。蠣殻のついた粗朶垣〔そだがき〕の中には石塔が幾つも黒ずんでゐた。彼はそれ等〔ら〕の石塔の向〔むか〕うにかすかにかがやいた海を眺め、何〔なに〕か急に彼女の夫を――彼女の心を捉〔とら〕へてゐない彼女の夫を軽蔑し出した。……

 ここでも、また、この女は「動物的本能ばかり強い女」になっている。こうなると、この女は、これらの文章だけで見れば、この女は、まったく立つ瀨のない女、という事になる。
 ところで、私が、この女についていろいろな人の文章を引いたのは、前に何度も述べたとおり、私は、芥川とこの女の関係については殆んどまったく知らないからである。

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