宇野浩二 芥川龍之介 十二 ~(2)
さて、さきに引いた芥川が湯河原から佐佐木茂索にあてた絵葉書の中に書いたたよりの中に「南部と如何に消光してゐるかひとへに御察しを乞ふ」という文句があるが、そのような事は、いくら智者の佐佐木でも「察し」はできないか、と思うが、(いや、いや、あの佐佐木なら適確な 「察し」がついているにちがいないけれど、)私のような鈍な者にはまったく察しも出来ず見当もつかない。そこで、間にあわせに、南部が、『交遊十年』という文章のなかに、さいわい、この大正十年の十月に、芥川と、湯河原の中西旅館に、滞在した間の事を書いた中に、妙な一節があるから、その一節を読んでみよう。くりかえし云うが、これは『間に合わせ』である事を、かさねて、ことわっておく。つまり、「その場の役に立」ちさえすれはよい、という程のつもりである。
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或る日の午後、タイル張りの浴室で私は[つまり、芥川]と一緒に入浴してゐた。上面の硝子窓には秋日差〔あきひざし〕があかあかと照り、中はひどく明〔あか〕るかつた、或る刹那、互ひに浴槽の縁〔ふち〕の腰〔こし〕を降し、温泉の中に両足を投げ出したまま休んでゐたが、彼はふと私の陽物を眺め自分のそれと見くらべながら、
「君も少年時代に自慰をやつたね?」
「うん。……然し、それやア誰でもやることだらう?」
「はは、まアさうだが、その時分に自慰をやつた陽物はすぐ分かるんだぜ。君、エリスの『セクジュアル・フィシコロジイ』ね、それが詳しく説明してゐる。つまり、君と僕の形のやうな……」
「ふつふつふ……」
[やぶちゃん注:「エリスの『セクジュアル・フィシコロジイ』」エリスはイギリスの医師・性科学者・文芸評論家であったヘンリー・ハヴロック・エリス(Henry Havelock Ellis 一八五九年~一九三九年)のこと。『セクジュアル・フィシコロジイ』は一八九七年から刊行が始まった彼の代表作“Studies in the Psychology of Sex”「性の心理」全六巻を指す。因みに彼はそこで、同性愛をも肯定する西欧性科学の先駆的知見を披歴している。]
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話はこれだけであるが、これが本当の話とすれば、こういう芥川の話は出鱈目としても、いう本人が、自分の『物』をソレとして云うのであるから、南部でなくても、誰であっても、芥川のいう事を本当と思って、感心するかもしれない。しかし、私が考えれば、これは、いかにも芥川の云いそうな事であるが、結局、『カラカイ』である、としか思えないのである。(私が殊更こういうことを書いたのは、この南部の文章をよんで、ときどき茶目になった芥川のその時の顔つきが目に見えるような気がするからである。そうして、いかにも芥川が云いそうな事であるからである。)
[やぶちゃん注:ここには更に重要な補足が必要である。高宮檀氏の「芥川龍之介を愛した女」(二〇〇六年彩流社刊)の知見によれば、この一週間前の、九月二十四日の午後、例の食傷人道の中華亭で芥川龍之介は前出の通り、南部と秀しげ子が密会した現場に居合わせてしまったからである(但し、宮坂覺氏の年譜によれば、偶然にもこの湯河原への南部同行の依頼はそれ以前と考えられている)。因みに、この時の小沢碧童と南部と芥川の湯河原滞在時の川辺の岩場での写真が残されている。それを見ると、南部は二人の背後に居て、やや口元に笑顔を浮かべて、向かって左にいる小沢(彼も別段笑ってはいない)の肩に手を置いている。ところが、川側の位置にいる芥川の方には左手を伸ばしている気配がない。寧ろ、その左手は少し見える映像からは自身の腹部を経て、右手に伸びているように見える。――そうして何より芥川龍之介の顔は、目が窪んで口はややきゅっと結んだ形で、如何にも陰鬱なのである。]

