海豹 フイオナ・マクラオド 松村みね子訳 底本脱落部分二ページ分追加
本日(2012年4月21日)午後、僕の古いテクスト、
を見られた識者の方より、重大な消息がもたらされた。則ち、この「海豹」には大きな欠落が存在する、という事実である。
尚且つ、それは底本自体の原本からの欠落、ページにして二ページに及ぶとんでもない欠落、という驚天動地の事実なのであった。
その方のお話によれば、これは大正十四(一九〇三)年第一書房刊行の元本(もとぼん)から、何と見開き二ページ分が丸々欠落している、というのである。則ち、それを親本とした沖積舎による復刊本が、復刊の際にその二頁分を完全に欠落させて復刊してしまい、更にそれを底本にした、私が底本にした筑摩書房2005年刊ちくま文庫版も、元本との校合もせずに、恐るべき同じ誤りをまたしても引き継いでしまった、というのである。その方は『たまたま文章がつながってしまったため、見過ごされてしまったのでしょう。単純な編集ミスと思われます』とお伝え下さったが、私は読みながら大きなショックを受けた。それは誤った編集者に対して、ではなく、それに気づかずに誤ったテクストを流してきた私に対してであった。少なくとも、私はそれに気づくべき責任の一端を担っていたはずだ、と思うのである。その違和感に気づかなかったということへの、内心忸怩たる思いが生じた。
マクラウドへ、というより――私は松村みね子――片山廣子への深い陳謝の意を込めて、今夜、その補正を行った。
実はその指摘をして下さった方が、同じ中で、その元本が「国立国会図書館 近代デジタルライブラリー」にあることを、その脱落当該データのページ数まで示してお教え下さったため、急遽、データのダウンロードと補正を行うことが出来たのである。元本は正字正仮名であったが、本テクストに合わせて新字新仮名に直し、そのまま該当箇所に挿入した。底本編集者のミスであり、特に本文ではその箇所を指示していないが、具体的には「海豹」の冒頭から五段落目の、
僧房の入口で彼は振りむいて、兄弟たちに内に入れと命じた「平和なんじらと共にあれ」
の鍵括弧直下に続く部分から、コラムの台詞、
「あをたは誰か」
の前行までの部分である。
恐るべき――何十年にも及ぶ――二ページ分もの脱落――何十年もの間、誰一人、それに気づかず、いや、気づいてもそれを誰も指摘せず、誰も直さなかった――勿論、その最大の現存在の犯罪者は、今、こうしてのうのうとそれを公表して平気でいた、この私自身に他ならなかったのである――
私はそれでも、こうして自らの犯罪行為(私にとっては結果として許すべからざる行為なのである――愛する片山廣子に対しての――である)を是正することが出来たのであった。
ここをかりて、お便りを下さった方へ、心よりの御礼申し上げるものである。
藪野直史